第3話 見習い聖女(大聖女)のエリアヒール

 メイドの後をついて扉をくぐると、そこは救護室。


 白い清潔な部屋には多くのベッドが並んでおり、そこには怪我人らしき人たちが横になっていた。誰もが酷い怪我をし、うめき声を上げている。


 傍には見習い聖女が寄り添いヒールで治療したり、メイドたちが包帯を巻いてあげたりしていた。


 誰もが怪我人の治療を必死でしており、救護室内は混沌とした状態だ。


 私の傍には酷い怪我をしている男性が横たわっている。


 腹部を鋭い何かで切り裂かれてしまったのか、包帯を巻かれているが出血がひどい。それに右腕も失くしてしまっている。


 血が足りないのか、顔がとても青白くなっていた。


「大丈夫ですか?」


「た、たす……け……」


 思わず駆け寄って声をかけると、男性が掠れた呻き声を上げる。


 声は半ばで途切れているが助けてと言っている。きっとそうだ。誰だって死にたいなんて思うはずがない。


「わかりました。今、治癒します」


「あなた、そっちよりもあっちの人にヒールをお願い!」


 聖魔法を使って治癒を施そうとしたが、後ろから誰かに肩を掴まれて指示される。


 その女性が身に纏う衣服は見習い聖女のものではなく、れっきとした聖女服。


 魔力欠乏になりかかっているのか顔色は悪そう。


 指示された患者の方に視線を移すも、その人は軽傷で軽いヒールで治癒ができそうだった。


「え!? でも、こっちの人の方が重傷ですよ!?」


 重傷の人が目の前にいるのに、どうして軽傷の人を優先してしまうのか。


 思わずそう言うと、聖女が鋭い視線を向けてくる。


「……ヒール程度しか使えない見習い聖女がなに甘ったれたこと言ってるの。傷を見たらわかるでしょ? その人はもう助からない。だから、助かる見込みのある人を優先して助けるの。私たちの魔力は無限じゃない」


 前世でもあったトリアージのようなものだろうか?


 治癒に関わる人員が制限される中、一人でも多くの傷病者に対して最善の治療を行うために優先順位をつけるという。


「い、いえ、私は……」


「いいから早く! あなたに構ってる暇はないんだから!」


 私が弁明しようにも、聖女は怒気を露わにして言い放つと去ってしまう。


 私たちは魔力を糧とした聖魔法で治癒をする。


 一人の聖女が多くの魔力を使い切ってしまっては、残りの怪我人を助けることができなくなる。だから、魔力を節約しながら助かる見込みのある人だけを助ける。


 理屈は理解できる。


 だけど、目の前で助けられる人を助けずに放置するのは違うと思う。


 見習いの服を着ているので勘違いされて当然なのだが、私はこう見えて勇者パーティーに同行するほどの聖女だ。ここにいる怪我人のすべてを治療することくらいはできる。


 ここがどこで、今の自分がどういう状態なのかわからないけど助けられる命は助けたい。


「エリアヒール」


 私は内なる魔力を解放し、範囲治癒魔法を発動する。


 淡い光の輝きが救護室に広がっていく。


 すると、救護室にいる怪我人の傷がみるみるうちに塞がった。


「う、うわ! 腕が生えてきた!」


「目が見える! 光が見えるぞ!」


 目の前でひどい出血をしていた人の血は止まり、欠損していた右腕がみるみるうちに再生していった。他にも大なり小なり怪我をしていた者の傷があっという間に再生する。


 よかった。これでひとまずは大丈夫。


 って、あれれ? なんかエリアヒールが勝手に広がってる? 


 救護室にいる怪我人だけを範囲にしたつもりだが、エリアヒールは怒涛の勢いで広がっている。教会の外にまでいった気がする。


 お、おかしいな。私は救護室だけを範囲に指定して魔力を調節したつもりだったのに。


 もしかして、魔力が増えたとか?


 今頃、私のエリアヒールが廊下やよその部屋にまで突き抜けてしまっているに違いない。


 別に人体に害をなすわけでもないので問題ないだろうが、周りの人は驚いてしまっただろうな。


 救護室にいるメイドや他の見習い聖女がざわついている。


 エリアヒールを使ったはいいけど、コントロールができていないと笑っているのだろうか。


 仮にも聖女なのにエリアヒールのコントロールもできないなんて、ちょっと恥ずかしい。


「あ、あなたは一体……」


 さっき私に治癒の優先順位を説いた聖女が後ろで口をパクパクとしている。


「すみません、勝手に治癒を……それに魔力の調節を間違えてしまいました」


「いえ、そういうことを言っているんじゃなくて――」


 聖女がこちらに詰め寄って何かを言おうとした時、救護室の扉が勢いよく開いた。


 その音に驚いて振り返ると、そこには眼鏡をかけた女性と、教会を守護する若い女性の聖騎士が入ってきた。


 その二人は教会でもかなりの地位にいるのか、入ってきた瞬間に聖女や見習い聖女がピシッとして道を譲る。


 カツカツと靴音を鳴らして入ってくる女性。


 厳しい顔つきにその細いフレームの眼鏡姿は、教育係であったエクレールを彷彿とさせる。


 しかし、記憶にある姿よりも歳をとっており、髪は白髪になりシワも増えている。


 エクレールっぽいけど、エクレールじゃない? どうなんだろう?


「今の魔法は?」


 何故か声を聞いただけで背筋がシャンとする感じ。


 やっぱり、この人エクレールなんじゃないだろうか?


「こ、この子が……」


 女性の問いに傍にいた聖女がおずおずと答える。


 すると、女性は視線をこちらに移すと、目を大きく開いて微かに「……ソフィア」と呟いた。


「……もしかして、エクレール様ですか?」


 私が問いかけるもエクレールらしき女性は信じられないものを見たかのような目をしているだけ。後ろにいるキリッとした聖騎士は何故か泣きそうになっている。


 ええ、なにこの状況。ちょっと怖いんだけど。


「エクレール様ですよね? あ、あの、今がどうなっているか状況を――」


「黙って付いてきなさい」


「あっ、はい」


 ピシャリとエクレールらしき女性に言われて従う。


 その眼差しと声音で言われるとつい無意識で従ってしまう自分がいた。


 本当は色々と聞きたいことがあるはずなのに、一瞬で沈められてしまった。


 くっ、まだ昔の修業時代の名残が残っていたのか。どうやら私は調教済みなよう。


「私の部屋に連れていきます。あなたは領主様にご報告を」


「承知いたしました」


 エクレールがそう言うと、女性の聖騎士が急いで退室していく。


 領主って誰を呼ぶんだろうと思ったが、こういう時に無駄口を叩くと怒られるのがエクレールと私の常なので口を閉じておく。


 黙って付いてこいと言われたのだ。黙って付いていくのが賢明だ。


 エクレールが救護室を出ると、私もその後ろを付いていく。


 廊下の中でカツカツとエクレールの足音が響く。


 しっかりとした背筋に綺麗な歩き方。私が知っている彼女よりも見た目は老いているが、やっぱりエクレールだ。


 エクレールが歩くと、廊下にいる見習い聖女やメイドが緊張した面持ちになる。


 ああ、エクレールがやってきた時のこの緊張感が懐かしいや。


 私も彼女がやってきた時は、すぐにシャンとしているフリを装ったものだ。何故か、お見通しだったみたいで怒られることが多かったけど。


 なんて風に昔のことを思い出していると、エクレールが急に止まった。


 ロクに前を見ずに歩いていた私は、エクレールの背中にコツリと当たった。


「す、すみません」


「はぁ……」


 慌てて頭を下げて謝罪すると、エクレールがダメな子を見るかのような視線を向けてため息を吐いた。


 なんか懐かしいやり取りで嬉しいけど、やっぱり怖い。


「お入りなさい」


「し、失礼します」


 エクレールが扉を開けてくれたので、私は部屋に入る。


 エクレールの部屋は見事なまでに整理整頓されている。


 汚れのまったくない絨毯に執務机やイス、本棚など。


 無駄なものはまったくなく本人のしっかりとした性格を表しているようだった。


 なんて彼女の部屋に感心している場合じゃない。もう部屋に付いたし、ここには誰もいない。いい加減聞きたいことを聞こう。


「よくぞお目覚めくださいましたソフィア様」


 私が口を開こうとした瞬間、エクレールが片膝をついてそのような台詞を述べた。


 私は一瞬、それを誰に言っているのかわからなかったほどだ。


「あ、あの、エクレール様ですよね?」


「はい、私はエクレールでございます」


「なんの冗談です? エクレール様が私を様づけだなんて……」


 エクレールは私の教育係であり、小さな頃から面倒を見てくれた。


 絶対的に上の立場である彼女がこんな言葉遣いをするなんてあり得ない。


「冗談ではございません」


 しかし、彼女はかしこまった様子で言う。意味がわからない。


「あ、あの、今がどういう状況か教えてもらってもいいですか? 私、魔王の瘴気を抑え込んでから意識がなくて、気が付いたらここにいて……それにエクレール様が昔と姿が変わって……」


「ソフィア様が魔王の瘴気から世界を救ってから二十年の年月が経ちました」


「はい?」


 エクレールの言葉を聞いたものの、まるで理解が及ばなかった。



「今はソフィア様が生きておられた時の二十年後の世界なのです」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る