第9話 聖騎士の誓い

 ぺーちゃん食堂で食事を終えると、今度こそ街を散策だ。


 ルーちゃんと一緒に気の向くままに足を進めると、気になったものがあった。


「ねえ、ルーちゃん。鳥みたいな生き物が馬車を引いてるんだけど……」


 そう、さっきから見かける大きな白い鳥。


 まるで色違いのチョコ〇みたいな生物が馬車を引いて道を歩いているのだ。二十年前にはあんな不思議生物が街をうろちょろしていなかったはず。


「あれはキュロスという魔物です。重い物を引っ張って歩くのが好きらしく、ゴブリンなどのちょっとした魔物程度であれば蹴散らしてくれるので馬車での利用が広まっています」


「へー、確かにそれは馬よりも便利かもね」


 気性の荒い馬ならば、小型の魔物を退かせてくれることもあるが、率先して迎撃までとはいかない。馬車を引っ張る膂力も持ち、率先して魔物を蹴散らしてくれるキュロスの方が頼もしさは上だといえる。


 現にアブレシアを行き来するほとんどの馬車はキュロスが引っ張っている。


 私がいた時は馬が当たり前だったので、ちょっと不思議な気分だ。


 トコトコと歩いていく姿がとても可愛らしい。


 キュロスを眺めながら歩いていると、私たちは服飾区画に入り込んだようだ。


 通りを歩く人の割合に女性が増えて、華やかになってきた。


「……あっ、この服すごく肌触りがいい」


「それはアルカディアン虫の糸を使った服で、とっても肌触りがよく、通気性もいいんですよ」


 見慣れない衣服を思わず手に取ると、女性店員がどこからともなくスッと出てきた。


「アルカディアン虫?」


「アルカディアン虫というのはですね、アブレシアの近くにある森に住む魔物の幼虫のことで――」


 反射的に問い返したからだろうか、店員さんが饒舌になってアルカディアン虫の解説をしてくれる。とはいえ、後半になるとほとんどが専門用語と素材に対する賛美になっていたので、ほとんどは聞き流すことになった。


 とりあえず、最近出てきた新素材で流行りの品だということはわかった。


 店員はアルカディアン虫について語ると満足したのか、「ごゆっくりどうぞ」と言って去っていった。


「店に並べられる衣服も二十年前より色合いが鮮やかだし刺繍も綺麗だな」


「そういえば、ソフィア様。以前、身に纏ってらっしゃった聖女の法衣はどうされたのです?」


 見たことのないデザインの服をチェックしていると、地味に避難していたルーちゃんが尋ねてくる。


「ああー、結晶から出た時にボロボロになったから捨てちゃった」


「となると、ソフィア様の新しい法衣を作る必要がありますね」


「うん、前の杖もなくなっちゃったし、新しい杖も欲しいなぁ」


 現状、見習い聖女服でも困っていないが、いつまでも借りたままというのは気が引ける。


 きちんとした自分の法衣も持っておきたい。


「大聖女と呼ばれるに相応しい法衣を用意してもらいましょうか」


「いや、別に普通の聖女服でいいよ。そもそも教会に大聖女なんて役職ないし」


「できましたよ? とはいっても、なられたのは世界を救ったソフィア様だけですが」


「お、おお……」


 シレッと言われた事実に私は最早驚くというよりも呆れた。


 私一人のためにそんな役職ができているだなんて。


「それでも聖女服と同じくらいの見た目がいいや」


「では、目に見えにくいところで性能をアップさせましょう」


「うん、それならいいかも」


 大聖女などともてはやされたい趣味はないので、そのくらいの塩梅がいい。


 性能が良いことは嬉しいことだからね。


「聖女服を仕立てるには、多くの素材が集まる王都で仕立てるのが一番でしょう。近い内に王都に向かいましょう」


「そうだね。王都の方もどうなっているか気になるし」


 これからどうしようかと思っていたが、思わぬ目標ができた。


 王都には仲間であるセルビスもいると聞いたし、できれば会ってみたい。王都に向かう時が楽しみだ。






 ◆





「ねえ、この街の教会を見に行ってもいい?」


 街をある程度散策した私は、ルーちゃんにお願いをする。


 この街の教会は私が最初に目覚めた場所であるが、すぐにエクレールに連行された上に、外に出ることになったのでよく見ていないのだ。


「構いませんよ。とはいっても、他の教会とそう大きな違いはありませんが」


「それでもいいの」


「ソフィア様がそうおっしゃるのであれば向かいましょうか」


「うん」


 ルーちゃんに連れられて移動すること十分。アブレシアの教会へとたどり着いた。


 入ると石造りを中心としたかなり広い空間が広がっている。


 天井がとても高いせいか、とても解放感がある。清潔感があり、教会に入った瞬間に空気が綺麗になったかのように思える。


 中央には受付があり、そこには信徒や一般の方が訪れている。奥には半円状に広がる小さな祭壇があり、そこは音楽ホールのようだった。


「教会は落ち着くなー」


 私にとって教会とは第二の家のようなものでもある。


 多くの時間を過ごした王都の教会ではないとはいえ、教会にいるとどこか懐かしい気分になる。


 新しい街に加え、二十年の変化というのは私にとって目まぐるしかった。


 その点、教会は二十年の年月が経とうと形態に変化はあれど、派手に変化するわけではないので居心地がいいや。


 教会では信徒が女神セフィロト様に祈りを捧げたり、聖女見習いが修行に励んだり、市民が治癒のお願いや相談事、司祭などが説法をする際に主に利用される。


 アブレシアは王都よりも人口が遥かに少ないはずであるが、教会にはある程度の人が入っていた。


 教会に人が多いということは、それだけ人々に頼りにされている証なので私としても嬉しい気分。


「あれ? 思っていたよりも見習い聖女の数が多いね?」


 受付や大広間には私と同じ見習い聖女の法衣を身に纏う少女がおり、それぞれの仕事をこなしていた。


 通常、見習い聖女の大きな仕事は修行であり、その隙間や交代時間を利用して教会の雑事をこなす。


 これだけ多くの見習いが雑事をこなしているということは、これ以上に見習いがいるのだろう。


「魔王が討伐されても、未だに世界は瘴気で汚染された土地が多いですからね。アーク様の方針で聖女の育成に力を入れているんです。でも、それはきっと……」


「きっと、なに……?」


 ルーちゃんが途中で止めてしまった言葉の続きが気になって、私はその先を尋ねる。


「ソフィア様のように一人の聖女が重荷を背負わず、犠牲にならずに済むようにとの願いなんだと思います」


「そうなのかもしれないね」


 あの時、私が犠牲になろうとした瞬間、アークが一番悲しんでいたから。


 きっと正義感の強い彼は、あの後も自分を責めてしまったんじゃないだろうか。


 それでも立ち止まらず、めげずに前に進もうとする彼はまさしく勇者だ。


「ソフィア様、屋上に行きませんか? とても眺めが綺麗ですよ」


「うん、行く」


 ちょっと物悲しい雰囲気を払拭するためかルーちゃんが提案してくれた。


 私は彼女の心遣いを素直に受け取って、気晴らしに屋上に向かうことにした。


 ルーちゃんに付いて奥の階段へと進んでいく。


 途中、教会を守護する聖騎士がいたがルーちゃんの顔パスで楽々と通ることができた。


 ぐるぐると螺旋階段を上り続けることしばらく。私は教会の屋上にやってきた。


 屋上の一画では薬草の栽培もしているのか薬草畑が広がっており、芝や花畑があってとても綺麗だ。


 教会の最上階はとても眺めがよく、アブレシアの街を一望することができた。


「いい眺め!」


 吹き付ける風がとても気持ちいい。


「今日、一日街を散策したけど本当に平和になったんだね」


 街を歩いてみたけれど、どこも笑顔で溢れていた。


 魔王の脅威があった二十年前は、街の空気は不安や恐怖といったもので鬱屈としていた。


 しかし、この街にはどんよりとした空気は微塵もなかった。


 こんな世界を夢見て私たちは戦った。まあ、私の場合は成り行きっぽい部分もあったけど、このような平和な光景を夢見ていたのに変わりない。


 そんな光景が目の前に広がっている。


「私の頑張りも無駄じゃなかったんだ……」


「はい、私たちが今日まで生きてこられたのはソフィア様のお陰です」


 生真面目にそんなことを言ってくれるルーちゃん。


 それが嬉しくて、でもこそばゆくて、どうしていいかわからない私は誤魔化すように笑った。


「ソフィア様はこれからどうされるのですか?」


「……まだわからないかな。魔王を討伐するので必死だったし、二十年前のことだって言われても、私からすれば昨日の事のようだから……」


 魔王を討伐した後のことなんてあまり考えていなかった。


 とにかく、生きることと世界を平和にすることが最大の目標だったから。


「だから、これからどう過ごすかも含めて探していきたいかな」


「微力ながらお手伝いさせてください。私の剣を貴方に捧げます」


 私の目の前で跪いて自らの聖剣を差し出すルーちゃん。


 それは教会に所属する聖騎士が生涯仕えるに相応しいと認めた相手に忠誠を誓うための儀式。主はその剣をとって、聖騎士の肩を叩けば忠誠を受け取ったことになる。


「いいの? 私なんかがルーちゃんの忠誠を受け取って?」


 通常、聖騎士は教会を守護するか、魔物の遠征に赴くか、特定の聖女の護衛になることが多い。


 ルーちゃんは私よりも年上の二十五歳。


 既に特定の護衛対象である聖女がいるんじゃないだろうか?


「私はソフィア様にお仕えしたいと思い、教会の守護をしながら目覚めるのを待っていました。特定の護衛対象はおりません」


 どうやらルーちゃんは特定の聖女の護衛についていなかったようだ。


 私が目覚めるかどうかも定かではないのにもかかわらず。


 そんな忠誠に私は答えることができるだろうか。


 いくばくか迷っていると跪いたルーちゃんが不安げな色を湛えた瞳で微かに見上げるのがわかった。その光景が二十年前のルーちゃんと重なる。


 かつて面倒を見ていた少女が聖騎士になり、二十年という年月待ち続けてくれた。


 そんな彼女の申し出を断るなんて失礼だ。


 覚悟を決めた私はルーちゃんの剣を受け取り、皮鞘からスラリと取り出した。


 聖なる魔力の込められた白銀の刀身が陽光を反射する。


 刃渡りは六十から七十ほどだろうか。片手剣のようであるが、生粋の前衛ではない私からすれば、両手でなんとか持てるぐらいの重量感だった。


「聖騎士ルミナリエ。貴女を私の専属聖騎士として任命します。貴女の武勇と忠誠に今後も期待します」


 膝をつくルーちゃんの両肩を一回ずつ叩いてゆっくりと鞘にしまう。


 それをルーちゃんに渡すと、うやうやしく受け取り答える。


「はっ、主命に背かず、道義に反せず、ソフィア様の手足となって一命を賭すことを誓います」


「よしよし、これからもお願いね」


 頭の位置が低くなったルーちゃんの頭を私はここぞとばかりに撫でてあげた。


 普段は手が届かないので撫でるなら今が最大のチャンスなのだ。


 ああ、やっぱりルーちゃんの髪はサラサラだ。


 撫でられている本人は若干不満そうであったが、いつものように抗議の声を上げることはなかった。


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