陛下!直談判ですか?~スニジ海会談①~

 とんでもないことだった。前代未聞のことではないか?

 臣下ボールは反対した。「危険ですよ!」

 西スニジ領総督ダカラナニは驚いた。「陛下、さすがにそれはマズイですよ!」

 アッシュム領総督ソーダロガはクッキーを食べた。「うまい!」



 皇帝コレカラキメルノ=ジャーは敗戦の翌朝、応接間にみんなを集めてこう言い放った。

「東スニジ領に行って交渉する!」

 そこにいたもの全てが(一部を除く)口をポカンと開けた。その場が全て凍り付いたようであった。

「え、敵と交渉ってなにをですか? まさか降伏じゃ――」

「そんなことはせん」皇帝はボールの言葉を遮った。

「同盟を結ぶ交渉だ」

「同盟……? 敵と同盟……?」ダカラナニは首をかしげていた。

「もちろんこちら側に入ってもらうための同盟だ。決して敵の支配を受けようとかいうものではない」

「相手を寝返らすのですか? どうやって同盟を結ぶんですか?」

「無論、お互いがwin-winになるような条件を相手に提示する。それだけだ」

「条件……?」ソーダロガも首をかしげた。クッキーのかすが口についている。

「条件はただ一つ、西スニジ領と東スニジ領を統一する」

「ええ?」ダカラナニが飛び上がった。

「本当ですか?」

「その通り。お主が喧嘩ばかりしているのを見て思いだしたのだが、確か西スニジと東スニジは勝手に分離されたのではないかな?」

「そうですそうです」ダカラナニは恥ずかしながらも食い気味に頷づき、ソーダロガを指さした。

「それでなぜかこいつと組まされることになったんです」

「悪かったね」ソーダロガはクッキーをむさぼり食った。

「そもそもなんで彼らが反乱を起こしているのか、それは定かではないが、ひとつこの『スニジ勝手に分離問題』も原因に含まれているのではないかの?」

「確かに、西スニジの民は異民族のアッシュム人とそもそもオアシスの利権をめぐって対立していやすから、無理に引き離され、無理に一緒にさせられることで不満を高めている可能性は十分にありやす。きっと東スニジの民もいつか元に戻りたいなんて思っていやすでしょうね」

 ダカラナニが明確に分析する。ボールももっともだと思って、ふとこんな疑問を投げかけた。

「ところで誰が交渉しにいくんですか?」

 少し沈黙がながれた。お互いに顔を伺う。ソーダロガが腰を上げかけたその瞬間、「余が行く!!」と皇帝がさけんだので、再び応接間が凍り付いた。

 それぞれの反応は最初に書いた通りである。

「余が直接向かうことで本気さが伝わるのではないかと思うのだ。皆そうは思わないか?」

「そうかもしれませんけど。もし裏切りにあって襲撃されたりしたらどうするんですか?」

 ボールがそわそわしだす。皇帝も答えるのに息詰まる。それを見かねて一人の男が立ち上がった。

「俺が行く!」ソーダロガである。

「俺が陛下のボディーガードを務める。俺が陛下を守り抜く。俺がぁ! 絶対にぃ!陛下の御体を! 守り抜いて見せる! 陛下ぁ! もう一回チャンスを下さい!お願いしやす!」

 ソーダロガの口から大声と共に飛び出た大量の唾をよけながら、皇帝はじっとソーダロガの目を見ていたが、やがてこう言った。「どうぞ」

「俺も連れてって下せえ!」ダカラナニがすかさず膝をついた。

「どうぞ」皇帝が答えた。ならもちろん……

「私もよろしいですか?」ボールもひざまずく。

「どうぞどうぞ」こうして東スニジとの交渉決行が決まった。



 スニジ海――西スニジと東スニジの間の竜の形をした内海の船の上――で交渉が始まった。

 相手は反乱鎮圧をあきらめ、すっかり反乱軍側になった東スニジ領総督ンカラプッテである。

 サングラスにこんなに暑いのに頭にはグルグルターバンを巻き、ジャラジャラアクセサリーを首から下げている。この人も怖そうじゃん……。

 ボールの手が震える中、世紀の交渉が始まる――。

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