紳士、ご立腹です!~反乱の序章~

 良く晴れた日。ポカポカして気持ちがいい。こんな日は散歩するに限る。ジャングルに囲まれたポドウ領都ヨドウは海に面しており、気温は高いが、心地よい海風が頬をなでる。この街にずっと暮らしていれば、暑さなんてなんてこともない。

そんな港湾都市ヨドウの一番の名産品といえばそう、ポドウココアだ。ここのジャングルで育つカカオはとても良質であると評判で、世界中からこのカカオを求め、商人やら旅人がやってくるのだ。


 今日もそんなポドウココアを提供する老舗の喫茶店、「アダムスビーンズ」に老紳士がやってきた。この店は外にもイートインスペースを設けてあるので、青空を見上げながらココアを飲むことができる。老紳士はその一席に腰かけた。新聞を片手にもう片方の手でカップを持ち上げる。ゆっくり、ゆっくり口の中に広がっていくこの甘さ。甘~い。


 そのときだった。にっこりご満悦になっている老紳士のすぐ前を、一頭の闘牛が凄まじい勢いで過ぎ去っていった。驚いた老紳士、からだをのけぞり、完全にバランスを崩し、カップから流れ出たココアを全身に浴びて、椅子から転げ落ちた。なんてこった。わしの大事な女房からもらったマントが台無しではないか。この無礼な牛め!飼い主に賠償してもらうわい!


 と、プンプン腹を立てている老紳士の前をさらに闘牛の大群、それに馬に乗った騎士たちが続々と過ぎ去っていく。その中に戦えるのかと心配になるくらい痩せている男がいた。アンリチミム総督である。あっけにとられているうちに大群は過ぎ去っていった。


 「口、開いてますよ」

 呆然として動けなくなっている老紳士の背後で声がした。振り向くと、この店のマスターが笑みを浮かべて立っていた。

 あわてて老紳士が口を閉じると、「もしかして、東の方で内乱がおきたんですかねえ」

 と、何事もなかったかのようにマスターは問いかけた。

「あ……。え……そりゃそうだろうな……。そ、総督が出陣しているのだし……」

「またしても戦乱に巻き込まれるのはまっぴらごめんですよ。客足が遠のきますし」

「はあ……。」

「まあ決断に半日もかかるような皇帝が即位したら、反乱の契機ととる人たちもそりゃいますよね?」

 汚れたマントのことで頭が一杯の老紳士を尻目に、ひとりマスターは話し続ける。

 ああ……。めんどくさい……。


 だが、そんな老紳士も翌日には愛読している新聞でその事実を目の当たりにすることになる。

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