陛下! 命令してください!~第一回総督会議~

 なんとか終わった~。皇帝直属の臣下、ボールはぐったりして自室のベッドに腰かけた。

 半日に及ぶ靴選びの後の即位式は、棒立ちで待つ臣下たちの足が息耐えていたのに対し、皇帝の足は靴下しかはいていなかった以外は無事に執り行われた。

 それにしてもなぜにこんなに決断が遅いのに、即位宣言はしっかりされていたのだろう?


「本日、余、コレカラキメルノはこの誇り高き大帝国キメルノの全ての民のために、帝国の未来のために、先代の意思を強く受け継ぎ、3代目ジャーに即位せんことを宣言する」


 やはりあの偉大な瞬帝の息子であるからだろうか。悩んでも仕方ない。

とにかく明日から執務にとりかかっていただかなければ。皇帝不在期間に溜まった山積みの仕事をこれ以上増やすわけにはいきますまい。




 翌日。

「陛下! 起きてください! 陛下!」

「……」

 ドンドンドン。ボールは大きな木製の扉を激しくたたく。

「陛下! 朝食の時間ですぞ! 準備はもうできております!」

「……」

「陛下! いいですか? 開けますよ!」

 慌てていたからか、ものすごい勢いで開けてしまったからか、開いた扉がけたたましい音を立てて壁にぶつかった。その奥で新米皇帝コレカラキメルノ=ジャーが、鏡の前で冠を持ち、悩ましげな表情でこちらを振り返って見ていた。

 どうやら今度は冠らしい。ボールが尋ねると、

「帝国の君主たるもの、身だしなみを整えるのは当然のことじゃろう」

 とのことだった。冠をどのように被ろうが、被らまいが、クルクル巻き毛が冠を侵略してしまうので同じことですよと言うのをこらえて、

「その通りですね。さすがです」

と流すと、皇帝は顔をほころばせ、意気揚々と玉座に向かっていった。



 玉座での朝食(皇帝はポドウココアを飲むのか、メラマリィーティーを飲むのか迷っていた)、書庫で哲学などの読書(皇帝は哲学から読むのか、神学から読むのか迷っていた)を終えて皇帝は再び玉座に戻ってきた。


 玉座の前には楕円のテーブルが置かれており、それを取り囲むように仰々しい椅子が置かれてある。それぞれの椅子の隣にはこれまた華やかな衣装を身にまとった偉そうな人間が立っている。その数12人。


各々の衣装は全く異なっており、派手であったため、個性の混沌がそこにはあった。だからといって今日はファッションショーかと言われればそうではなく、この12人、帝国の各領地の政治を統括する総督、この者たちに皇帝が即位して初めて命令を下すのである。


 皇帝が玉座に座り、総督たちも椅子に座り、皇帝の方をじっと見つめた。

昨日半日立たされていなければ、もっと目を輝かせていただろうに。

「エッヘン。えー。これより第一回帝国総督会議を始める」

 皇帝が堂々宣言すると、総督たちは顔をしかめた。

「今から帝国全体に共有すべき各々の地域の問題を順番に発言せよ。

その後皆で意見を出し合いなさい。その後に余が命令を下すぞよ」

「陛下」

 3色ブレンドバイオームを持つハジール領総督にして皇帝の兄のヨースミテキメルノが手を高くあげた。

「会議ですか? 帝国は皇帝が独断で瞬時に我々に命令を下し、我々が皇帝の意思の元に命令を全土にいきわたせる方式をとってきたはずですが?」

「そうだ。その通りだ」皇帝は総督の面々の顔をじっと見まわした。

みんな不安げな顔をしている。

「だが、余はそうした方式が帝国にとって最善であるかどうかはわからぬ。

だがしかし……」

 皇帝は咳払いして水を飲んだ。さんざん悩んだ挙句にポドウココアを飲んだ姿とは別人のような鋭い眼差しでこう続けた。

「さんざん悩んだ上に選び抜かれた選択肢というものが最も真理に近づいているものになることを余は信じている」

 皆昨日のことを頭に思い浮かべた。あの時は長かった。皇帝は靴をはいていなかった。

「そういうことだ。皆が意見を出し合う間で余は各々に適切な命令を考える」

 総督たちが顔を見合わせ始める。総督、皇帝、総督、皇帝交互に様子を伺う者もいれば、天井を見つめる者もいる。


 本来中央集権体制をとるキメルノ帝国は都から皇帝が任命する総督が派遣され、帝国下に入った異民族を無理やりにでも制圧し、統治する。

その意思は全て皇帝によるものであり、総督はあくまでも政策を実行するだけで、皇帝の意思に背くことなど、ましてや意見をするなどもってのほかである。だからこそ、さっきの皇帝の発言はありえないことであった。総督の帰宅時間だけでなく、帝国の政治体制も危うい。


 みんなしばらく黙っていたが、「では私から」とヨースミテキメルノ総督がハジール領の諸問題について淡々と話し始めた。領都スジールを中心に活動するマフィア問題、蛇のように細長い内海、ハジール海に大量に発生したカミツキマス漁船噛みつき問題、クニア砂漠暑すぎ問題……。


 世界の8割を支配する帝国の諸問題の数はすさまじく、最後のウェルビリム領総督ソンデモッテが、ウェルビリム山脈山賊問題を報告した時には日はすっかり落ち、シャンデリアの灯に照らされた総督たちの顔は蝋人形そのものだった。


 しかし、さすが大帝国の皇帝コレカラキメルノは全く疲れた顔をせず、こちらも蝋人形の書記が書いた議事録を丹念に調べていた。皇帝は会議中総督たちの報告、意見交換に一切口を挟まずに、時折うんうんと頷いて何かしら考えているようだった。

 さぞかし合理的ですばらしい命令が下されるに違いない。昨日はどうかと不安になったがやはりこのお方は我々を明るい未来へ導いてくださるのだ!


 皇帝が咳払いした。皆背筋を伸ばして皇帝の方に体を向ける。

「えー。皆すばらしい報告そして意見を述べてくれた。そのことにまず感謝する」

 皇帝は総督たちの顔をじっと見まわした。皆期待に満ちた顔をしている。

「その量大変膨大のため、本日はこれで会議を終了し、総督各々はすぐに担当する領地に帰還し、余の命令が下るのを待て」

 総督たちは困惑して顔を見合わせた。

 え? 結局今は命令下らないの? こんなに時間かかったのに?


 皇帝は表情をピクリとも変えずに続けた。

「各々に命令が下るまではとにかく頑張れ」



  





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