間話 川中島ちゃんの憂鬱、あるいは渚の新人男マネ採用試験2

 幸いなことに、くずははまだ学校内にいた。

 川中島の連絡の様子にただならぬモノを感じたくずはは参加していた会議を抜けて、使われていない空き教室で話を聞く。

 本当なら理事専用防音会議室を使いたいところだが、あいにくそちらは改修工事の真っ最中だ。


 川中島から事の次第を聞き取って、ついでにスマホに残ったメールの文面を見せられたくずはは、沈痛な面持ちで息を吐いた。


「川中島ちゃん。あなたの言いたいことは、よっく分かった」

「あ、ありがとうございます!」

「──つまりこのクズどもを可及的速やかに、証拠を残さない形で始末しろってことでファイナルアンサー?」

「違いますよ!?」

「でも証拠が残ってもいいから派手に処刑をっていう話なら渚だろうし、可能な限りの苦痛を与えたいんなら涼葉に依頼した方が……」

「なんで処刑が前提なんですか!?」

「ま、それは冗談として……でもこの話とメールを見ると、本気で殺意がわいてくるんだけど? まさかボク以外には知らせてないよね? 渚とかウチの妹とか涼葉ちゃんとか」

「えっと、多分ですけど知らないと思います。さすがにコレ見せたら本気でヤバいって、他の一年と先輩たちも言ってましたから」

「ボクも同感だけどね。ていうか死にたいとしか思えないんだけど……?」


 腕組みをして考え込んだくずはの様子に、川中島は自分の判断が正しかったことを確認して胸をなで下ろした。

 これから先は、くずはがいいように処理してくれるに違いない。

 少なくとも自分たちがあのアホ男子どもと関わることは、もう二度と無いだろう。この先ちゃんと生きていられるかすら不明だ。


「まあそいつらは、プチッと潰しちゃえばいいとして──でも男マネといえば、問題なのは来年なのよねえ」

「え、来年ですか?」

「だって野球部、絶対に新しい男マネ入ってくるでしょ? まさか門前払いするわけにもいかないし。でもその子がそいつらアホ男子どもみたいに、弟くんに嫉妬するクズだったら困るなってね」

「あー……でもそれって、多少は仕方ないかもです」


 川中島の発言に、くずはが意外そうな顔で問いかける。


「それって一体どういうこと?」

「えっとですね。わたし、こっちの学校に来るまで、先輩本人から癒しマッサージしてもらったこと無かったんですよ。だからそれまでは、先輩の癒しマッサージがすごい上手いって噂を聞いても、男子の癒しマッサージなんてみんな一緒じゃんって思ってたんです。今になって考えてみれば、そんなの絶対ありえないんですけど」

「あー、普通はそう思っちゃうかもねえ」

「だからあの男子たちも、ひょっとしたら理解してないだけじゃないかって気もします。もしそうなら先輩に頼んで、一度あのゴッドハンド癒しマッサージを受けさせれば……」

「そんなの絶対ダメだから」


 くずはがキッパリと断言した。


「そんなクズどもに、弟くんのマッサージを受けさせるなんてもったいなさ過ぎる。そんなことする余裕があるなら、ボクが代わりに受けるからね?」

「まあそれはそうですね」

「でもそっか、そもそも実力差を理解できてない可能性は十分あるかも。だったらとことん実力差を見せつけて、絶望の淵にたたき落とせば──」


 くずはが悪い顔になって考え事を始める。

 こういうときのくずはに触れるとロクなことが無いと、短い付き合いながらもう痛いほど理解している川中島だった。


 ****


 それから半月後。

 あの日川中島を囲んでいた元野球部男子マネ10人は風の杜学園高校へと呼び出され、くずはの先導でもう使われていない旧校舎の中を歩いていた。

 最後尾には当事者としてくずはに連れてこられた川中島が、滅茶苦茶ビビりながら付いてきている。

 川中島は痛切に主張したい。

 処刑するなら、自分の見えないところでやって欲しいんですけど!


「さてと、ここからは私語厳禁だからね」


 薄暗い地下一階の突き当たり。

 その教室に入る前に、くずはが注意事項を口にする。


「いちおう確認だけどあなたたち全員、自分の癒しマッサージに絶対の自信があるからウチの野球部に転校して、渚を癒しマッサージしたいのよね?」

「はいっす」

「そうでっす」

「偉大な渚センパイを癒してほぐして支えていきたいっす」


 次々と調子のいいことを言う男子たちに、くずはが内心で冷笑する。


「でもあなたたちが選ばれないのは腕が悪いからではなく、えこひいきとか先入観があるからだって言ってるんだよね?」

「そっす」

「ういっしゅ」

「というわけで今回の試験は、先入観のない状態で渚に判断してもらうことにしました」


 くずはを先頭に教室に入る。

 扉をくぐって目に入るのは教室の真ん中で、目隠しをされた状態の渚が椅子に座っている姿。

 渚の耳にはイヤホンが刺さっており、軽快な音楽が漏れ聞こえてくる。


「渚にはああして、誰がいるのか分からない状態で癒しマッサージを受けてもらいます。この状態でもし渚が合格を出せば、ボクの権限で転校と入部までさせてあげる。渚には野球部男子マネージャー希望者のテストとだけ言ってあるからね。それで文句ないでしょ?」

『おおおおっ!!』


 これなら勝てると色めき立つ男子たち。

 なにしろ、誰が誰だか分かりようがないのだ。

 つまり癒しマッサージそのもので判断するしかない。

 だったら自分が選ばれないわけがない、そう根拠もなく思い込む。


 一方そんな男子たちを見て、思わず遠い目をする川中島。

 あーあ。ついに現実、知っちゃうんだ。

 絶対に、死んでも知りたくもなかっただろう、残酷な真実ってやつを。


「じゃあ、こっちの男子から順番に初めて」

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