第48話 断罪の後
屈辱の試合放棄をした私立聖鷺沼学園高校野球部は、その後の男子マネージャー追放に対する大バッシングが決定打となり、二度と試合をすることなく休部に追い込まれ、そのまま廃部となった。
その中で、超高校級の逸材と言われていた橘朱音、小石川みのり、六郷すももの三人や、決勝戦の先発投手となった川中島など数人は、篠宮渚の通う私立風の杜学園高校に転校して野球を続けた。
残りのほとんどの部員は追放事件の当事者として白い目で見られ、高校野球への復帰は絶望的であるようだ。
この事件の数ヶ月後、聖鷺沼高校は来年度以降の新入生募集停止と、三年後の廃校を発表する。
渚フィーバーで一気に知名度を全国区にした聖鷺沼高校は、結果的に渚に逃げられたことで全てを失うことになった。
もっとも一部の関係者は、本当のキーパーソンは別にいて、渚はその人物のオマケにすぎないと主張しているとかいないとか。
聖鷺沼高校野球部における追放事件の首謀者と目される野球部監督、顧問、キャプテン、それに学校長は全員精神を壊して病院に入院し、そのまま一生出てくることはなかった。
聖鷺沼高校を下して甲子園全国大会へ出場した風の杜学園は、圧倒的な打線の破壊力で相手投手陣をことごとくなぎ倒し、甲子園初出場初優勝を飾った。
試合中継では、ベンチで男子マネージャーが選手たちの身体を丹念に揉みほぐし、献身的に癒しマッサージをしているシーンが繰り返し流された。
その結果、ネットニュースを中心に癒しマッサージ男子ブームや、男子マネージャーブームが巻き上がったものの、ブームの中心である男子マネージャーは謙虚な態度を崩すことはなかったという。
甲子園から帰ってきても学校長への挨拶、祝勝会に各所お偉い様への優勝報告、さらには優勝パレードまで開催されて、風の杜学園高校野球部にようやく平穏が戻った頃には、あと数日で八月も終わりとなっていた。
ちなみにその間には陸上の世界大会が行われ、佐倉前くずはが自身の持つ世界記録をことごとく更新し、金メダル12個を新たに獲得していた。
種目別決勝の前日、くずはの元に日本から臨時の専属癒しマッサージ男子マネージャーがやって来たことは、関係者のごく一部のみが知る事実である。
****
野球部唯一の男子マネージャーである西神田が、「この金メダルは弟くんが獲ったも同然だから」などと言いながら金メダルを自分に押しつけようとするくずはから逃げるようにして日本に帰ってきた、暑い夏の日。
甲子園が終わってから初めて顔を出した野球部部室には、渚ひとりしかいなかった。
「あれ、渚さんだけ? 他のみんなは?」
「……今日は臨時でお休みになった。みんな、いろいろ大変だったから……」
「そうなんだ。知らなかったよ」
「……マネージャーはまだ帰ってこないって、みんな思ってたから。連絡すればよかった。ごめんなさい」
「ううん全然。こうして渚さんに会えたわけだし」
そう言いながら、男子マネージャーに見えないように机の下で親指をグッと立てる渚だった。
そもそも学校までわざわざ練習しに来たのは、もしかしたらマネージャーが帰ってくるかも……という下心があったからで。
渚のよこしまな嗅覚は、みごと勝利を引き当てたようだ。
「そうだ。渚さんに、今のうち言っておきたいことがあるんだ」
「…………なに?」
渚が身体を硬直させて身構える。
復讐は終えたから自分はもう必要ないとか、もう付きまとわないでくれとか、くずはと結婚することにしたとかそういう話だったらどうしよう。死ぬしかない。
せめて『くずはと付き合うことになった』までにとどめて欲しいと震えて願う渚に。
マネージャーはそっと、渚の身体を抱きしめて言った。
「渚さん、今までいつも本当にありがとう。──こんなに凄い才能の持ち主で、それなのにいつも頑張り屋さんの渚さんがいたから、ぼくも野球部もここまで来られたんだよ。もし渚さんがよければだけど、これからもよろしくね?」
「……ボ、」
「ぼ?」
「…………ボ、」
「ぼ?」
「…………ボクの方こそっ……一生、お願いしますっ……!!!!」
そのまま渚がギャン泣きした。
女の子が男の子に涙を見せるのは恥ずかしいこと。
そんなの渚だって知っている。
それでも今だけは、どうしても温かい涙が止まらなかった。
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