第46話 温泉旅館で癒しマッサージ1

 決勝戦後の記者会見で、聖鷺沼高校野球部での悪逆非道な追放劇の真実が語られた。

 渚と夏実の口から語られた様々な事実は、圧倒的すぎる試合内容とともに凄まじい反響を呼んだ。


 それから数日の間『#男子マネージャー追放』のタグがトレンドの世界一位を取り続ける。

 決勝戦の大虐殺劇を論難したごく一部の意見は早々に立ち消え、聖鷺沼高校への極めて激しいバッシングが世間を席巻したのだった。


 一方の当事者である渚は、追放されたマネージャーを追って無名野球部に入り、弱小野球部とマネージャーを甲子園に導いた忠義の騎士のごとくマスコミに持ち上げられ、その人気はうなぎ登りだった。

 マネージャーの癒しマッサージが目当てなことは遂にバレなかった。



 ところで、決勝戦後の記者会見に、西神田とくずはは参加していない。


 くずはが体調を崩し男子マネージャーが付き添って病院に行った──という名目で球場を離れ、二人は飛行機に乗って九州へと飛んでいた。

 当然ながらこれら一連の流れは、くずはによる計画的拉致によるものである。

 体調不良で欠席うんぬんは大嘘だ。


「どういうこと、くずはさん……!?」

「もちろん弟くんには申し訳ないと思ってるよ? けれど言い訳をさせてもらえば、来月の下旬には陸上の世界大会が始まるんだからね? きっと野球部は甲子園も決勝まで行くし、その後から温泉ってのはスケジュール的に不可能なの」

「……温泉って?」

「弟くんも行くって言ったよね? お姉ちゃんがいっぱい頑張ったご褒美に、温泉に行って二人っきりの、陸上世界大会の決起集会しようねって話」

「えーっと……」


 そんな詳細は聞いていない気がする。

 けれど西神田には野球部のことに頭が一杯で、くずはの大会スケジュールをきちんと調べていなかった負い目があった。


 ──それに、甲子園は国内の高校生だけだが、くずはは世界のトップアスリートと競うのだ。

 いくらくずはが、圧倒的すぎる記録を誇る絶対王者だったとしても。

 くずはだって、まだ高校三年生なわけで。

 そのくずはに、大会前に自分の応援が欲しいと言われて、断るなんて考えられない、と西神田は思った。

 もちろんそんな思考回路は、まるごとくずはに予想されている。


「……そうだよね。くずはさんにも頑張ってって、応援しなくちゃだもん」

「ありがとう、弟くん!」


 くずはは表面上はふわりと微笑み、内心では床をゴロゴロ転がりながら何度もガッツポーズを連発した。

 なんなら三連続指パッチンからのローリングガッツポーズも決めた。心の中で。


 ****


 熊本空港を降りてタクシーで二時間、のどかな田舎の田園風景が広がる山奥に目的の温泉宿はあった。

 部屋に入った西神田が、驚きに目を丸くする。


「ふぇ……? この露天風呂、学校のプールくらい大きいんだけど!?」

「しかも山の上にあるから景色も抜群だしね。どう弟くん、いい感じでしょう? 泳いでもいいんだよ?」

「泳がないけどびっくりだよ……!」


 そこは一部屋ごとに宿泊棟が独立して建てられた上、それぞれの部屋に馬鹿でかい露天風呂がつく、本気でガチな高級旅館だった。

 ここまで非現実だと、完全に庶民な西神田などは開き直って純粋に楽しめる。

 なにしろ値段の想像が全くつかない。


 とりあえず温泉でも入ろうよ、と腰を浮かせるくずはに待ったがかかる。


「あのねくずはさん、お風呂もいいんだけど」

「弟くん?」

「まずはくずはさんの決勝で疲れた身体を、ぼくの癒しマッサージできちんと癒やしたいんだけど……どうかな?」

「い、いいのかな? お姉ちゃんはもちろん大歓迎だけど、弟くんはいいの?」

「もちろんだよ! くずはさんのおかげで、野球部は甲子園に出られたんだから!」

「じゃあ弟くん、お願いしていいかな……?」


 くずはが慌てて服を脱ぎ、下着姿で座り直した。


 ****


 二人の泊まる旅館の食事は部屋出しであり、つまり食事中に何をしても咎める人間はいない。

 たとえそれが、効果のありすぎる癒しマッサージで腰砕けになった女がこれ幸いとばかりに、弟と呼ぶ幼馴染み男子を膝の上に載せて、食べさせっこを強制するものだとしても──


「……はいくずはさん、あーん」

「あーん♡」

「はいっ……くずはさん、美味しい?」

「とってもおいちい♡」


 西神田の持つ箸で焼き魚を食べさせられて、くずはがムフフとやにさがる。


「ねえ弟くん? お姉ちゃん、次はからしレンコンが食べたいな?」

「くずはさん、それ目の前にあるよねえ?」

「うん、でもお姉ちゃんお箸も持てないんだもん。弟くんの手で腰砕けにされちゃったから♡ これは明日には帰れないね?」

「ううう……ごめんなさい」


 申し訳なさそうな弟くんの様子に心が痛むが、おかげで弟くんの延泊オッケーも出た。

 当初の予定にいちゃらぶ介護プレイが追加されたと思えば、これまた予想外の大勝利である。まさに勝ち組オブ勝ち組。

 乗るしか無いのだ、このビッグウェーブに。

 

「今日はお姉ちゃん動けないから、弟くんも一緒に添い寝だよ?」

「もちろんだよ! ……あれ?」


 ちゃっかり関係ない権利もゲットするくずはだった。

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