第45話 決勝戦

 一回表の攻撃が、何時間経っても終わらなかった。


「あ──渚さん、また場外満塁ホームランだ……」


 最初はいちいち驚いていた男子マネージャーも、もはや呆れるしか無い。

 渚の本日22本目の場外満塁ホームランが、球場の外へと吸い込まれていく。

 もちろんただのホームランではない。

 間違いなく史上最高記録の、22だ。

 この試合、渚は一人ですでに88打点を稼いでいる。

 一回表ノーアウトのまま、すでに得点は193-0となっていた。


「ていうかぼく、電光掲示板で三ケタ得点が表示できるなんて知らなかったよ……」

「全国でこの球場だけじゃないかって聞いたけど」

「くずはさん、なんでそんなこと知ってるの?」

「ふふふ、お姉ちゃんはなんでも知ってるんだよ?」


 事情を知るものが聞けば、くずはが知っているのも当然だと答えるだろう。

 球場に三ケタ得点が表示できるか問い合わせたあげく、無理だと知るやいなや札束で頬を叩いて、大急ぎで球場のシステムを改修させた張本人なのだから。


 ホームランを打った渚をベンチで出迎えると、渚がハイタッチの代わりにマネージャーを抱きしめた。


「ちょ、渚さん」

「……場外満塁ホームランの打ち過ぎで、身体がすごく凝った……だから癒しマッサージ、よろしく……」

「はいはい」


 渚の身体を癒しマッサージしながらマウンドを眺める。

 聖鷺沼高校の三番手投手は、渚に打たれて膝をついたまま立ち上がれない。


「ああ、これはダメな感じかな……?」


 守備陣がピッチャーに近寄るが一向に立ち上がる気配はない。

 誰がどう見ても、完全にココロが砕け散っていた。

 前の二人のピッチャーもそうだった。


 球数としてはそれほど多くは投げていないけれど、打たれて、打たれて、打たれまくった結果、ココロが完全に外界から閉ざされてしまったのだ。


 試合前は聖鷺沼高校の虐殺を誓った風の杜学園野球部だが、さすがにここまでくると元々いた部員はみんなドン引きしていた。

 けれど規格外のパワーを持つ四人は、今でもまったく許していない。

 篠宮渚、佐倉前くずは、佐倉前真希、西神田涼葉。

 この四人は本気で1000-0を目指していた。


 担架が運ばれ、マウンドにうずくまったまま動かない三番手投手を乗せて担いでいく。

 スタンドから自然と拍手が沸いた。

 ワンアウトも取れなかった投手の降板で拍手が湧き上がることが、この球場での一方的な虐殺蹂躙劇が、どれだけ凄惨なものかを端的に表している。


「ねえ渚さん……ぼくが言っちゃいけないことなんだろうけど、こういう場合に手加減とかって、やっぱりダメなのかな……?」

「……絶対にだめ。手加減なんて相手に失礼。しかも相手は……決勝まで勝ち上がってきた学校なんだから……」

「それはそうなんだけどね……」


 とはいえ普通は、大量に点差がついた後ならはする。

 毎回場外満塁ホームランなんて、大人げないことはしない。

 けれどこの試合だけは違った。

 身体能力バケモノの四人が大人げないのを承知の上で、全力で叩き潰しにきてるのだから。


 ──しかし。

 これ今日中に終わるのかな、という観客の気持ちと。

 日没になっても一回表だったらどうしよう、という審判陣の悩みは懸念に終わることとなる。


「聖鷺沼高校の次のピッチャー、出てこないね……?」

「まさか遅延行為とか?」

「……そんな汚い策を弄するクズどもだから……追放なんて真似ができる……!」


 実はこの試合、聖鷺沼高校野球部はピッチャーを六人用意していた。

 けれど余りにも凄惨な虐殺劇に怯えまくった残りのピッチャーが三人とも、隙を突いてベンチを抜け出し球場から脱走。

 ピッチャーがゼロとなった聖鷺沼高校野球部監督は、控えの野手にピッチャーの真似事を命令するも、当然のように絶許もしくはガン無視された結果。


 たった一つの、屈辱の選択をするしかなくなった。


「……我が野球部は、この試合を……放棄する……!」



 甲子園三連覇が約束されていたはずの野球部の、試合放棄による歴史的敗北。

 全国に晒された、あまりに惨めすぎる末路。

 大切に育ててきた野球部の崩壊。


 ──それは一人の男子マネージャーを追放した事に起因する、あまりに重すぎた代償だった──

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