第44話 決勝戦開始前
決勝戦開始前のベンチで、予想と異なる相手チームの先発ピッチャーに、くずはが首をかしげた。
「ピッチャーは川中島? てっきり高司だとばかり思ってたけど──渚、川中島ってどんなピッチャーなの?」
「……知らない」
「え、まさかの秘密兵器? 弟くんは知ってるかな?」
「一年生のピッチャーだよ。ていうか、渚さんはなんで知らないのさ?」
「……ボク、興味ない
「渚さん、そんなこと言っちゃダメだよ? でもどうしたのかな、朱音もみのりも出てこないなんて。まさか怪我でもしちゃったとか……!?」
『…………』
その発想はなかった、と事情を知る一同が顔を見合わせた。
心配そうな男子マネージャーに気取られないように目線を交わす。
考えてみたら、ここまで来れば三人が退部したことをバラしてもいいのだ。
アイコンタクトの結果、渚が告げることになった。
「……あの三人、辞めたって」
「え?」
「朱音もみのりもすももも、野球部辞めたみたい……もうあの監督たちについて行けないって……」
「そうなの? でも昨日の準決勝も、三人とも試合に出てたんだけどな?」
「……昨日の夜、聞いた」
正確には『昨日の夜に辞めるって、ずっと前から聞いていた』である。
ついでに言えばクソ監督についていけないのも事実だが、このタイミングで辞める理由は、渚たちによる報復から逃れるためだ。
もちろん西神田はそんなことを知るよしもない。
「そうだったんだ……」
「……マネージャは二人のこと、気になる?」
「そりゃもちろんだよ!」
「……でも今は……ボクたちのことに、集中する……」
渚が男子マネージャーを強く抱きしめる。
ぐえっ、と声を漏らすマネージャーにくずはが聞いた。
「それで、その川中島ってピッチャーはどうなのかな、弟くん? 実はすごくいいピッチャーだったりして?」
「えっと……かなり気が弱いところはあるけど、能力的には普通の一年生ピッチャーだと思うよ? 川中島が投げるなら、まだ高司先輩が投げるほうがずっといいと思うんだけどな……?」
ふうんと顎に手をやって、くずはがぼそりと呟いた。
「つまり、逃げられたってわけね」
****
聖鷺沼高校野球部ピッチャー陣における高司と川中島、どうして差が付いたのか。
慢心、環境の違い──と言ってしまえばさすがに酷だろう。
高司は二年生の超高校級ピッチャー二人さえいなければ、エースナンバーを背負ったはずの三年生ピッチャー。
つまりは橘朱音と小石川みのりが反乱を起こした時点で、決勝戦の先発が予想できていた。
そして高司は、性格は悪くても頭は悪くない。
しかも性格が悪いので、後輩に損な役回りを押しつけることをなんとも思っていなかった。
さらに野球部三年生の引退は伝統的に、夏大会に負けた翌日で。
ならば一日引退が早まるだけで、全国的な
一方の川中島はピッチャーとしての能力は普通だけれど、性格がいい……というより、とにかく気が弱かった。
マネージャーの追放劇のときも、なにこれ酷いと思ったけれど、最下級生なこともあって何も言えなかった。
その気の弱さは、監督を始め部員みんなが知るところだった。
それが最終的に監督から先発を指名された、唯一にして最大の理由だ。
****
相手側ベンチの様子を確認したくずはが、選手を集めて円陣を組んだ。
ちなみに男子マネージャーを含めた表向きの円陣は既に済ませて、こちらは選手だけの二度目の円陣となる。
「──クソバカどもは勝負を捨てて一年を投げさせることにしたみたい。もっとも、まともなピッチャー全員から逃げられたんでしょうけれど。でもそんなの自業自得だし容赦は不要だからね!」
『はいっ!!』
「打者はアウトにならないのが第一目標。そうすれば渚がホームランで返すから。普通の一年ピッチャー相手なら、地獄の特訓と弟くんの癒しマッサージで鍛え上げたみんななら、それくらいできるはずだよ!」
『はいっ!!』
「容赦は不要、全力で捻り潰す。誰にケンカ売ったのか教えてやりなさい。──さあみんな、弟くんを追放したゴミクズ野球部がとうとう現れたよ、ボクたちはどうすればいい? 三唱!」
『殺せッ!!!!』
『殺せッッッ!!!!』
『殺せッッッッッッ──!!!!』
不穏当すぎる掛け声三唱で、円陣が解かれる。
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