第41話 無名野球部の快進撃

 風の杜学園野球部は無名の存在である。

 いや、つい最近まで無名という方が正しいだろう。


 いまや風の杜学園野球部は伝説のスラッガー篠宮渚、その超新星の影に隠れてはいるものの一年にして超高校級ショートの暁烏夏実を要し、途轍もない打線の破壊力で古豪相手にコールド勝ちを連発している。

 また、地味に見逃せないのが無名選手のレベルの高さだという声も大きい。

 よほど厳しい練習で鍛え上げられたであろうことがうかがえる。


 地方大会準々決勝まで終えて未だエラーは皆無、ピッチャーだってそう悪くない。

 しかもピンチになると渚か夏実がリリーフで出て、高校野球新記録の豪速球で封じてしまうのだ。

 今年夏の最有力優勝候補に違いない、という声は日に日に高まっている。


 一方で去年夏、今年春に続く連覇へ挑む聖鷺沼高校野球部だが、こちらはいまいち精彩に欠ける。

 橘朱音から小石川みのりへの黄金リレーで毎試合完封するものの、篠宮渚がいた頃のような超強力打線は見る影もない。エラーも以前と比較して著しく増えたし、監督の采配ミスも多い。

 とはいえ、決勝までは危なげなく勝ち進むだろう。

 決勝戦のカードは、聖鷺沼高校と風の杜学園でまず間違いないと予想されていた。


 渚や夏実が転校し、しかも一年待たずに公式戦でプレーしていることは世間的に大変な話題となった。

 多くのメディアが取材を試みるも、聖鷺沼高校は一切取材拒否。

 噂では野球部の後ろ盾である校長が、精神を病んで入院したとかしないとか。

 一方の風の杜学園も、当たり障りの無いコメントしかしていない。


 とはいえ、事件の真実はじわりじわりとマスコミに流れ始めている。

 情報流出をコントロールしている裏幕は、もちろんくずはだった。


 ****


「──いよいよ、今日が準決勝です」


 準決勝当日の朝、選手に向かって訓示するのは、風の杜学園野球部の非公式臨時特任全権コーチに事実上就任する、佐倉前くずはだった。

 アンタ陸上部だろ、などと命知らずのツッコミを入れる愚か者は、もちろんこの場には一人もいない。


「渚、今日の試合の目標」

「……5回コールド。なるべくたくさん点数を取る」

「その心は?」

「……できるだけ目立って話題になって、明日の決勝戦の注目度を上げる……」

「よろしい」


 もちろん野球部唯一の男子マネージャーは、ちょっとした用事を頼んでいるのでここにはいない。

 とても聞かせられる内容ではないので。

 こほん、とくずはが咳払いして、


「今日の対戦相手……東名大付属鶴巻温泉高校には、恨みはないですが死んでもらいます」

『…………』

「えっと、もちろん比喩ですよ? 決勝戦への話題作りのために、見るも無惨な圧倒的惨敗を喫してもらうというだけです」

『…………』

「あ、あの、ここ笑うところですよ? 知っとるわーそんなの、とかツッコミ入れていいんですよ?」


 笑えるかヴォケ、と元々いた野球部員の心は一つになった。

 東名大鶴巻温泉高校野球部にはなんの恨みもないし悪いこともしてないけれど、明日の決勝の虐殺ショーを宣伝するために死んでもらいます、ゴメンね?

 ……などと供述しているに等しいのだ。


 ごめん本当にマジでごめん、と心の中で平謝りするしかない。

 悪いのはウチらじゃないんやで。

 絶対に、絶対に、死んでも売ったらダメな相手にケンカを売りおった、聖鷺沼高校のゴミカスどもなんやで。


「あと何度も伝えていますが、大変申し訳ありませんが決勝戦はボクと妹の真希、弟くんの妹である涼葉ちゃんが出場します。その代わりというわけではないですが、甲子園へは必ず連れて行きますのでご心配なく」


 キャプテンは思い出す。

 先月、まだ渚も男子マネージャーもいなかったころ。

 その日、くずはが突然やってきて「部外者を三人ほど部員名簿に加えたいの。ああ、もちろん入部するわけじゃないんだけど」と言われたときは、なにがなんだか分からなかった。

 けれど当然、逆らうわけにもいかず従った。

 思えばくずははその時から、残虐極まりない公開殺戮処刑ショーについて考えていたのだろう。



 準決勝、風の杜学園は25-0の圧倒的大差で東名大鶴巻温泉高校を下した。

 ボコボコにされた東名大鶴巻温泉の選手は、みんな滅茶苦茶に号泣していた。

 夏の大会で負けて泣くのは当たり前だよね、それだけだよね……そう思いたかった。


 審判の日は、翌日に迫っていた。

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