第42話 ざまぁの前の静けさ(するがわ編)

 前日の準決勝後、一人一人のお疲れ様癒しマッサージまで終わって解散する時に、野球部員みんなで「決勝戦の前に、男子マネージャーの作ったおにぎりで腹ごしらえしたい!」とお願いしたら男マネは快く了承してくれて、ほんまウチの婿にこんかなあ、もしくはウチを嫁にもらってくれんかなあなどと部員一同遠い目になったものだった。


 そして迎えた決勝戦の日曜日、午前7時。

 野球部部室に揃ったのは部員12人と、佐倉前くずは、佐倉前真希、西神田涼葉の合計15人。

 みんな大好き野球部男子マネージャーは絶賛おにぎり作成タイムのため、朝のミーティングは欠席している。

 ちなみにやる気の無い野球部監督兼任責任教諭も、大会中すべて球場で待ち合わせだった。それでいいのか。


「ではくずはさん、お願いします」

「こほん。とは言っても今さら言うこともないけど……弟くんの受けた屈辱、百兆倍にして返すよッッッ!!!!」

『おおおお────────っっっ!!』


 渚や夏実はもちろん、元からいた部員たちも熱く燃え上がっていた。

 新しい男子マネージャーが入部してすぐに虜になった部員たちはそれから一ヶ月間で、本気の本気で聖鷺沼高校野球部が死ぬほど、ヘドが出るほど大嫌いになり、憎しみまで覚えるようになっていたのだから。

 

「マネージャーを追放したクソバカどもに報復を……!」

「マネージャーを悲しませた女のクズどもに正義の鉄槌を……!」

「マネージャーをコケにした野球部なんてこの世から消しちゃえ……!」


 部員たち一人一人が口にする呪詛の言葉は音量こそ小さく、けれどそれだけに深い。

 他人を扇動する意志など一切無い、純粋な敵意。

 聖鷺沼高校野球部は業火に焼かれて死ぬべきだと、部員みんなが思っていた。


 復讐を誓う部員たちに、くずはが手を鳴らして注目を集める。


「はい落ち着いて。それで今日の試合なんだけど……事前に何度か話したように、申し訳ないけどボクと真希、涼葉ちゃんに出場させてもらいます」

「ゴメンね〜。出られなかったみんなの分まで〜、ケチョンケチョンに叩き潰してくるから〜」

「この日が待ち遠しくて仕方ありませんでした──兄さんのカタキ、涼葉が必ずぶっ潰します!」


 ぐぐぐっ、と拳に力を入れる涼葉の姿に部員たちが震え上がった。

 ──ああ、今日は血の雨が降るね。

 キャプテンが遠い目をする。

 本日昼の天気予報は血の雨、降水確率は局所的に150%でしょう。

 一度目の血の雨が降る確率は100%、試合が終わるまでに二度目が降る確率50%。


「あとね、弟くん関連で一つだけ変更点があります。今日、正規の部員がでずにボクたちが出る理由として、風邪にかかって大事を取った──という理由にするつもりでしたが、それを変更することにしました」

「はいくずは様。どうしてですか?」

「みんな昨日の解散前、弟くんに一人ずつ、念入りに癒しマッサージしてもらったでしょ? それが何かの引き金になって、部員の誰かが風邪を引いた──なんて思われたら弟くんが責任感じちゃうから」

「ああなるほどですね」

「というわけで理由変更です。まあ理由はなんでもいいけど、そうね、昨日の晩に食べた季節外れのカキで当たって食中毒ということにでも」

『ダメですよ!?』


 入れ替わり予定の選手たちが血相を変えて否定した。


「それじゃわたしたち、マネージャーの手むすびおにぎり食べられないじゃないですか!」

「仕方ないじゃない。食中毒なのに食べたらおかしいでしょう?」

「絶対に嫌です!」

「そうです! マネージャーの手の汗がついたおにぎり、絶対食べたいです!」

「いやそれはさすがに変態チックでしょ……」


 こうして、風の杜学園野球部のミーティングは賑やかに過ぎていった。

 それは、もう一方の決勝出場高校野球部とは、あまりに対照的な光景だった。

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