第38話 男マネを追放した野球部の崩壊2
渚に会えるチャンスは今日を逃すともう無いかも、と小石川みのりが言った。
風の杜学園は部外者立入禁止だし、だいたい野球部のみんなが何時にどの校門から帰るかなんて分かるわけもない。
試合の後なら待ち伏せできるかもだけど、三人は野球部の固定レギュラーなので、さすがに自分たちの試合のある日には無理だ。
もちろん自分たちの練習だってしなくちゃいけないし。
いろいろ考えてみると、今日を逃せば自分たちが渚を捕まえて話せる機会は相当厳しそうだった。
とはいえ三人とも渚に着拒された身。
こちらの話を聞いてくれるかどうかは分からないけれど……
「行くしかない、か」
「そうだね」
──ここで動かないと、渚の手によって歴史的惨敗を喰らうのは、恐らく自分たちだ。
そんな直感が働いた三人は、嘘の体調不良をでっちあげて、野球部の練習をブッチすることに決める。
日頃なら厳しく追及するはずのキャプテンは、やる気がどこかに消えたのか、これ以上ベンチメンバーの機嫌を損ねるのが怖いのか分からないけど、あっさりと早退の許可を出した。
電車を乗り継いで球場へ。
同じ県内の試合といっても、試合する球場は全県に散らばっており、移動にはそれなりに時間がかかる。
小石川みのりたちが目的の球場に着いたのは、ちょうど渚たちの試合が終わり選手たちが引き上げるタイミングだった。
三人で風の杜学園野球部のメンバーを必死になって探す。
渚はとんでもない爆乳美少女のうえ超有名人だから死ぬほど目立つ。
どこか人だかりができているところを探せばすぐに──
「あれ? みのりに朱音……すももも?」
『マネージャーっ!!』
「久しぶり。そっちもみんな元気そうだね?」
これが少し前ならば、西神田は小石川みのりたち三人のことも自分を追放したメンバーとして見ていたため、自分から話しかけることはなかったはずだ。
しかし夏実が入部して、自分がよく癒しマッサージしていた中核メンバーは自分の追放に関与していないことを知ったため、こうして三人にも昔のように声を掛けられるようになったのだ。
「そっちの試合もコールド勝ちだったよね。おめでとう!」
「……あ、ありがとう……!!」
屈託のない男子の笑顔に胸がキュンとなる。
この三人だって、渚から大量リードを奪われていたとはいえ、マネージャーの癒しマッサージの常連メンバーだった。
全身を慈しむ天上の癒しマッサージ、筋肉の芯から蕩けるような快感、その後の超絶ウルトラ絶好調モードを何度も経験した三人は、マネージャーに対して淡い恋心まで抱いていた。
もちろんスポーツバカの三人に、告白なんてする知恵も勇気も無かったけれど。
自分たちの記憶にあるマネージャーのまま迎えてくれたことに舞い上がって、ハイテンションで話しかける時間はしかし、すぐに終わりを告げる。
「……そこどいて」
「渚……!」
「……あなたたちに名前で呼ばれる理由がない。なれなれしい、ずうずうしい」
言外に『自分たちはもう赤の他人だ』と切って捨てた渚にゾクリと震える。
けれどそんな三人を助けてくれたのは、やっぱり天使様だった。
「こら渚、つんけんしない」
「……マネージャー……」
「今は学校も違うけど、同じ野球部だったんだし。仲良くしなくちゃだよ?」
「……でもこいつらは……マネージャーに謝りもせず、のうのうと……!」
「ちょっと渚、謝るってなに!?」
「えっと……渚がなにを言いたいのかは知らないけど、ここじゃ目立つよ? そうだ、みんなでファミレスでも行こうか? お互いに積もる話もあるだろうし。ねえそうしよう、ぼくちょっとキャプテンに許可取ってくるね!」
「あっ、マネージャー……行っちゃった……」
男子マネージャーの背中を追いかける渚の優しい眼差しは、三人の知ってる渚そのままで。
だからこそ、純粋なまでの殺気を向けられたのが信じられなかった。
「あ、あのさ渚、一度ちゃんと話さない? わたしたちずっと話したかったのに、渚に着拒されてるし」
「……仕方ない。ただし、マネージャーは抜きで」
「どうして?」
「……マネージャーに、汚い話……聞かせたくない……」
まさか渚の言う『汚い話』とやらが、男子マネージャーを追放したことへの報復に、野球部を惨たらしくぶっ潰す話だとは思ってもみなかったけれど。
ともあれ三人は、マネージャー抜きの話し合いを了承して。
戻ってきたマネージャーには「女だけで話し合いをすることになったから」と言って、先に返したのだった。
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