第37話 男マネを追放した野球部の崩壊1
なんでこんなことになったんだろう?
それは最近、聖鷺沼高校野球部員が共通して思うことだった。
とはいっても、その言葉のニュアンスは部員によってかなり開きがある。
「……すもも、男マネどもの方はどうだった?」
「全然ダメ。誰に聞いても自分は悪くないの一点張り。こっちの話は聞かないし、すぐ泣くし、それでも悪くないってバカみたいに繰り返すばっか。何度本気でぶん殴ってやろうと思ったことか」
「やめときなって。すももの握力85キロあるんでしょ? すももが本気で殴ったりしたら、下手したら死んじゃうよ?」
「そういうみのりは100キロあるじゃん」
野球部の抑えのエースである小石川みのりとレギュラーキャッチャーの六郷すももが始めた野球部秘密内部調査は、しかし遅々として進まなかった。
監督と顧問はとにかく怒鳴り散らすばかり。
最近は練習メニューも滅茶苦茶だ。
渚のことを聞こうとしても、すぐに逆ギレして話にならない。
「で、みのりの方はどうだったのよ?」
「こっちも全然ダメ。どうも知ってる野球部員みんなに、ばらしたら即退部だって脅してるみたいでさ」
「それで辞めるようなやつならとっくに辞めてるって感じだよね、どうにも」
「基本的に、今の野球部ってわたしとみのりと、朱音以外はマジでクズだよね。これから一体どうなるのかなあ……」
「まあ甲子園優勝はできると思うけど?」
渚が消えた。
どこかに転校したらしいと噂になっているけど、誰も正解を知らない。
夏実も消えた。
姉の暁烏千佳に事情を聞こうとしても、野球部を完全に敵視しているらしく、野球部員というだけで口もきいてくれないありさまだ。
残った主要メンバーは、先発の橘朱音、抑えの小石川みのり、キャッチャーの六郷すももの三人だけ。
それでもバッテリーが残ったのは滅茶苦茶大きい。
最悪の状態だけど、それでも橘朱音と小石川みのりのリレーで完封して、三人の誰かがホームラン打てば勝てる。
この三人ならそれができる。
昨日の予選一回戦も、三人の活躍だけでコールド勝ちだったし。
──そんなヌルすぎる皮算用は、密談現場に飛び込んできた橘朱音の叫び声によって、淡い幻想となって消えた。
「大ニュースだよっ! 渚が、風の杜学園の四番で出てる!」
「「は??」」
「ホラ見てスマホ! これっ!」
「ホントだぁ!? でもみのり、たしか転校したら公式戦って一年出られないんじゃなかったっけ?」
「そうだけど……でも確か、事情アリって高野連が認めたら良かったはず……」
「つまり事情アリって認められたわけだ!」
スマホ越しに映る画像をじっと見る。
王者の風格。絶対強者の威圧。
そして、胸をバット代わりにしても全打席ホームランを打てそうな爆乳。
間違いなく渚だった。
スターティングラインナップでも、四番センター篠宮……
「ってちょま!? 三番暁烏ってどゆこと!?」
「おや、お気づきになられましたか」
「なんで最初から言わないのよ!?」
「いやー、渚のことでいっぱいすぎて言うの忘れてましたわー」
「ほかにも誰かいたりしないよね……!?」
ベンチが写った画像をじっと見る一同。
すぐに三人が『ほわぁぁぁっ!?』と奇声を上げた。
『マッ、ママママッ、マネージャーッッッッッッ!!??』
そこにはベンチに座る渚が、退部したはずの男子マネージャーと並んで座っている姿があった。
二人は向かい合い、マネージャーの手は渚の腕に伸びていた。
試合中に渚を癒しマッサージしているのは明白だった。
「ちょ、どんだけ天使なのよこの男マネ様は! 試合中なのにベンチで選手の癒しマッサージしていただけるとか、献身的にもほどがあるわ!」
「落ち着いてすもも。西神田くんは元々ベンチで癒しマッサージしてくれてた」
「そう言えばそうだった! 最近、揉まれなさすぎて忘れてたけど!」
「けどこれって……もう完璧に確定だよね……」
「百億万パーセント、ウチの
高野連が認めた事情。揃って転校。
事情とやらには箝口令が敷かれて、監督たちはあのありさま。
事情を知ったらしい夏実は激怒し、姉の暁烏千佳は口もきいてくれない。
詳しいことは分からないけれど、どちらに非があるかは誰にでも分かる。
重苦しい雰囲気の中で、橘朱音がボソッと呟いた。
「このまま行くと、ウチら風の杜学園と決勝で当たるんだよね……ねえ、わたし先発とか絶対に嫌なんですけど……?」
「わたしだって絶対嫌だよ!? 間違いなく、ギッタギタに打たれるまくるもん!」
「じゃあ二人とも登板拒否ってことで」
「そうだね!」
「待ちなよ二人とも、そんなの監督が許すはずないでしょ……?」
顔を見合わせる。三人から深い溜息が漏れる。
期せずして、三人の愚痴がハモった。
『……野球部、辞めよっかな……』
それができれば苦労しない。
だが現実問題、このままでは地方大会決勝という大舞台で、惨めすぎる醜態を晒すことになるのは確実だった。
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