第29話 夏実の特別編入試験1
私立風の杜学園高校の理事専用防音会議室で、くずはは大きく溜息をついた。
「校門前で土下座しながら転入試験受けさせてくれって繰り返す不審者がいるっていうから、どこのバカかと思えばあなただとはね──暁烏夏実?」
「あんたは、その……」
「自己紹介がまだだったね。ボクは佐倉前くずは、他にいるのは妹の真希と璃沙、あとは弟くんの妹である涼葉ちゃんと……もう一人はさすがに知ってるよね?」
「もちろんです……篠宮渚センパイ」
「そう。で、なんで夏実はあんなことをしたわけ?」
「そりゃもちろん……一刻も早くこの学校に転入して、センパイに謝って、センパイにまたウチを癒しマッサージして欲しかったから……」
なるほど、夏実の姉はどうやらゲロってしまったようだ。そうくずはは判断した。
もっとも暁烏千佳が妹にバラすくらいは想定の範囲内なので問題ない。
さすがに、校門前で土下座騒動を起こすことまでは想定していなかったけれど。
「最初に言っておくけど。我が校はね、基本的に転入生を受け入れてないの」
「そんなバカな! だってセンパイたちはこの学校に──!」
「それはボクが便宜を図ったから。ボクってこれでも、この学校ではかなりの権力持ってるからね」
「じゃあウチもお願いします! なんでもします! 役に立ちます! これでも聖鷺沼高校野球部では一年で唯一のレギュラーでした、去年はシニアの全国大会で優勝メンバーでした、それから──!」
「……そんなことはどうでもいい」
渚の冷たすぎる声が夏実を遮った。
夏実のことを完全に敵として認識し、潰そうとしている人間の眼差し。
「……夏実はマネージャーに罪ほろぼしをしてない。それが問題」
「も、もちろん! 西神田センパイに会ったら、これまでのことは誠心誠意謝罪を……!」
「……その程度で……マネージャーに犯した罪を、無しにするつもり……?」
夏実は二の句が継げなかった。
土下座するのでダメならば、一体どうすればいいのか。
「……ボクの話をする。ボクは夏実より半月くらい前、マネージャーが追放されたことに気付いた」
「は、はい」
「……そこにいるマネージャーの幼馴染みの璃沙に、全力でビンタされた」
「は、はあ」
「それからボクはマネージャーに、泣きながら頭を擦りつけて土下座した」
「それはウチもやるつもりで、」
「……それで、マネージャーにボクが同じ学校に通うことを許してもらうために……ボクの生涯収入の99.9%を、マネージャーに渡す契約をした」
「意味が分かりませんよ!?」
それは奇しくも、当の男子マネージャーが叫んだ言葉とほとんど同じセリフだった。
「……どうして? ボクはマネージャーの癒しマッサージには、それ以上の価値があると思うけど……?」
「いやいやいや、それにしたって頭おかしすぎですって。それ、西神田センパイも絶対冗談だと思ってますよ?」
「……マネージャーがどう思ってようと、ボクが勝手に渡すだけ……だから問題ない」
「いや普通は誰か止めるでしょう!?」
「……ボクとマネージャーをまた引き離そうとするなら……誰であろうと、絶対に潰す……」
夏実の股間がヒュンと冷えた。
まだ数ヶ月の付き合いながら、渚が本気で言ってるのが分かったからだ。
しかし……
「渚センパイの生涯賃金って言うと……まあ日本でプロ野球20年やったとして、平均4億は絶対だしCMの収入とかも加えるとして、怪我さえなければどう考えても、最低200億以上行きますよね? 渚センパイなら、ひょっとしたらその数十倍いくかもですよ?」
「……マネージャーの癒しマッサージがたった200億で買えるなら、相当なバーゲンプライス……! お買い得とはまさにこのこと……!」
「いやだからその数十倍かもって」
「ボクが払えるお金なら、いくらでも出す……!」
「まあ渚センパイなら、自分の肝臓売っても払いそうですけど」
とはいえ夏実に200億を払う約束ができるはずもない。
ついでに言えば、肝臓を売る気も無い。
そして夏実は交わした約束は守る主義だった。
つまりは守ると約束できない契約を交わすタイプの人間ではない。
この学校に転校して、マネージャーと再び野球を一緒に──というのはどうやら無理ゲーのようだ。
夏実はそう判断せざるを得なかった。
無理矢理転校する代償が大きすぎて、夏実には払えそうにないのだ。
自分は追放劇を知らなかったとはいえ、逃がした魚は大きすぎた。
こうなったらいっそ、野球も高校もすっぱり辞めて、インドに渡って悟りでも開こうかな……
夏実がそんな諦めの境地に入りかけた時、今まで黙っていた涼葉が口を開いた。
「西神田涼葉と言います。あなたたちが追放した元マネージャーの妹です。──涼葉からあなたに、これから事態の確認と提案をしたいと思います」
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