第28話 男マネを追放した野球部の不穏すぎる現状2

「──知りませんでしたよ。ウチの野球部が、こんなに腐ってたなんてね」


 ぞっとするほど底冷えのする眼で、夏実は監督たちを睥睨へいげいした。


「な、なにを言っとるのか貴様は──!」

「……風の杜学園」

「「!!??」」


 夏実のその一言で、監督と顧問はなぜか凍り付いたようだった。

 夏実は手にした退部届で、失礼にも監督のアタマをペシペシ叩きながら、


「──よくもまあ、こんな大事なこと今まで黙くりやがってましたね。いっそ感心しますよ。アンタら高校球児ナメてんすか? ナメてんすよね?」

「「…………」」

「ウチの姉貴って陸上部なんですけどね、この前合宿に行ったと思ったら、帰ってからどうにも様子がおかしいんですよ。裏切り者とか恩知らずとか、犬畜生にも劣るとか……なに言ってんだコイツ、って最初は思いましたね。だって思い当たることなんて何にもないんだから」


 それは本当なのだろう、そう小石川みのりは思う。

 夏実は言葉遣いこそちょっとアレだけど、素直で真面目で義理堅い、人を惹き付ける天性のリーダーシップの持ち主だ。そんな夏実の性格とは正反対であろう姉の言葉。


「でもすぐに違うと思ったんですよ。姉貴は何かを知っている、でも口止めされてるんだって。だから時間を掛けて、じっくりじっくり口を割らせることにしました。そしたらついにポロりましたよ……陸上強化合宿で、渚センパイと西神田センパイに会ったって」

「な、なななんだとっ……!?」

「なに焦ってんですか? 当然聞きましたよ、全部ね。──姉貴はやっぱり口止めされてましたけど、そんなのウチには関係ないですし? まあ向こうにも事情があるみたいなんで、ここでバラすのは止めておきますよ。言っておきますけど、アンタらのためとかじゃ一切ないですからね?」


 ちなみに夏実の姉に口止めをした黒幕は佐倉前くずはであり、その理由はまさに今の夏実のような事態を憂慮したからであった。即ち、野球部の主力選手が甲子園予選でぶつかる前に、ボロボロと抜け落ちること。

 主力選手がいなくては、大観衆の面前でケチョンケチョンに嬲り殺すはずの決勝戦の舞台まで勝ち残れなくなってしまう。主力選手が抜けるのはどうでもいいが、その後でなければ計画が狂うのだ。


 西神田が全ての事情を知れば、追放時にいなかった罪のない主力選手まで同罪なのは可哀想だと言うに違いない。

 けれど、幼馴染み三姉妹や血の繋がらない妹にとっては、同じ野球部でいながら追放劇を許してしまった時点でもう絶対に有罪なのだった。


「その上で言わしてもらいますけどね──」


 すうっ、と夏実が息を吸い込むと、


「──オマエラ全員、最低のクソどもだなッッッッッッ!!!!」


 誰かが息を呑む音がやけにはっきり聞こえた。

 当の夏実は、叫びながら号泣していた。

 顔をくしゃくしゃに歪めて、全身を小刻みに震わせながら、魂を振り絞るように慟哭していた。

 見た者全てをいたたまれない気持ちにさせる、心が流した涙だった。

 小石川みのりは、そんなくしゃくしゃの顔の夏実をとても美しいと思った。


 だれも、なにも、言えなかった。


 やがて復活した夏実は、呆然としたままの監督に退部届を握らせる。


「じゃ、確かに退部届出しましたからね。受領しなかったら出るとこ出るんでよろしく。──いま退部すれば、来年の夏はまだ間に合うと思うんで」


 そう言うときびすを返して野球部の部室を去った。振り返ることもしなかった。

 流れる涙をそのままに、堂々と胸を張って立ち去る姿が、小石川みのりにはなんだかとても格好よく見えた。


 不意に自分の脇腹が突っつかれていることに気付いた。

 振り向くと、小石川みのりの親友にして野球部守備の要のキャッチャー、六郷すももが目線だけで問いかけてきた。


(ねえ、これ一体どうなってるの? あと夏実の言ってた来年の夏ってなに?)

(わ、わかんないよ。けど……)

(けど?)

(……ウチの野球部、相当ヤバいかもしんない)


 実際にはヤバいどころか、とっくにトドメを刺されていたと小石川みのりたちが知るのは、もう少し後の話。

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