第24話 新人男マネのウエルカム癒しマッサージ
渚が手を上げると、微妙な流れを変えたかったキャプテンが、渡りに船とばかりに食い付いた。
「どうしたのかな、渚?」
「……マネージャーは癒しマッサージがとても得意。ボクは身をもって知ってるけど、みんなは当然分かってない……だからこれから、みんなで全身を癒しマッサージしてもらうのはどう?」
「ファッ!?」
え、いいの!? それって合法なの?
明日シャバにいられるのわたし!
渚の提案でいっきに眼を捕食者のようにギラつかせた部員たちの変化に気付くこともなく、西神田はこともなげに頷いてみせる。
「ぼくはもちろん大丈夫ですけど、これから全員だと時間があまり──」
「……全部で11人……マネージャーが一人10分癒しマッサージして2時間……今日の部活はそれで潰れるけど……問題ないよね?」
「な、渚の言う通り全く問題ないでしょっ! だって新入部員の歓迎はとっても大事だしね!」
キャプテンがめっちゃ喰い気味に了承した。
なぜか知らないが、男子マネージャーが癒しマッサージに積極的なのだ。
この機会を逃したら死ぬ。
精神的にも死ぬし、あとで部員全員からボコにされること間違いなしだ。
「分かりました。じゃあさっそく始めましょうか」
「……ね、ねえ? マネージャー、本当にいいの? 無理しなくていいんだよ? しかも全員なんて」
「平気ですよ。一列に椅子を並べて、座ってもらえますか?」
「う、うんっ」
部員たちがピンク色な期待に胸膨らませながら椅子を並べる。
その端っこには、ちゃっかり渚が座っていた。
あれ、渚は別に体験する必要ないんじゃない? などとツッコむ余裕のある部員は誰もいなかった。
もしいたとしても、人を睨み殺せるほどの眼光で睨まれて、黙らされることになるのだけれど。
****
二時間後、渚は死屍累々の部員たちを見てこう思った。
……それは癒しマッサージという名の、一方的な虐殺劇だったと。
「まあ初めてだし、とりあえずこんなものかな?」
「……マネージャー?」
「なに渚さん?」
「今日の癒しマッサージは全力じゃなかった……よね?」
「まあ初日だし、いきなり筋肉をがっつり揉みほぐすのもアレだからね」
渚はちゃんと見ていた。
マネージャーは初心者用に、きちんと手加減したことを。
けれどそれでも、渚以外の野球部員は癒しマッサージのあまりの気持ちよさにけもののような雄叫びをあげまくり、精神がぶっ壊れる寸前まで癒して癒して癒しまくられたのだった。
マネージャーは、部員たちがみな癒しマッサージに慣れてる様子だったから、ちょっとだけ強めにやったと言うけれど冗談じゃないと思う。
マネージャーの癒しマッサージと他人のそれを比べること自体が、偉大すぎるマネージャーの癒しマッサージへの冒涜に当たるというものだ。
「……ねえマネージャー? なんで前の学校でも、
記憶によれば、マネージャーが前の学校で部員みんなを全身トロトロになるまで揉みほぐしたことはない。
渚は思ったのだ。
もしもマネージャーが今回と同じ事をしていれば、少なくとも追放劇まではあり得なかったのでは──
「それはほら、入部初日に渚さんと会ったから」
「……ボク?」
「あの時の渚さんって、滅茶苦茶体調悪そうで、全身の筋肉も岩石みたいに凝り固まってて、ちょっと見ただけでヤバい状態だったでしょ? だから入部してすぐの頃は、渚さんの癒しマッサージで精一杯だったんだよ」
「……え? そんな、じゃあ……マネージャーは、ボクのせいで……?」
もの凄くショックを受けた様子の渚に西神田が慌てて、
「そんなことないよ。それに渚さん以外にも練習しすぎでヤバいの何人もいたしね、だから全員にまで手が回らなかっただけで」
「ごめん……なさい……!」
「なんで泣いてるの、渚さん? ぼくはよかれと思ってやったんだよ? だって頑張る部員を応援するのが、マネージャーの仕事なんだから。だから渚さんが気にする必要なんてこれっぽっちも無いんだ」
「でもっ……でもっ……!」
「ぼくはこんなに、誰よりも頑張る渚さんのことが好きなんだから、ね──?」
マネージャーにそう言われて抱きしめられて、頭を優しく撫でられた瞬間。
渚は唐突に、雷に打たれたような衝撃とともに、一つの事実を理解した。
(……そっか……ボクって、マネージャーのこと……今までずっと……死ぬほど大好きだったんだ……♡)
渚は後に述懐する。
野球以外にはいろいろ鈍感すぎる渚が、西神田を一人の敬愛するマネージャーとしてではなく。
一人の男子と認識した上で自分の恋心を自覚したのは、実にこの時が初めてだったのだと──
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