第23話 風の杜学園野球部
「……篠宮渚……よろしくです」
そう言ってぺこんと頭を下げる渚に、度肝を抜かれた風の杜学園野球部部員たちはしばらく言葉が出てこなかった。
それも仕方のないことだろう。なんといっても篠宮渚は去年の夏の甲子園で、野球界に突如出現した超新星にしてスーパースターなのだから。
こんな部員10人のへっぽこ野球部になんて、転入してきていい存在なはずがないのだけれど。
「えっと、ぼくは西神田敬士、マネージャー希望です。よろしくお願いします」
こちらは素直に拍手が沸いた。
なんたってウチの野球部には今までマネージャーがいなかったのだ。
男マネ超欲しかった。すんごい嬉しい。
「えっと、同じ部活だし渚って呼んでいいよね? 渚は今年の試合は……?」
「……大丈夫」
「渚さんとぼくは事情アリの転校って認められたので、すぐに公式大会に出場していいって高野連から許可もらってますから」
『うおおおおお────っっっ!?』
滅茶苦茶嬉しいけど、でも事情ってなんだろうって部員たちは思った。
風の杜学園と聖鷺沼高校は同じ県内だし、親が転勤で通学困難ってこともないだろうし。
聞きたい。すごく聞きたい。
でも渚が滅茶苦茶怖い顔してるし、新人男マネくんも困ってる風だから聞けないけどね!
そしてお約束の質問タイム。
渚と同じくらい、あるいはそれ以上に新しい男子マネージャーに興味津々な部員たちは、西神田のとある一言に小さく眉を寄せた。
「ぼくの特技ですか? えっと、そうですね……癒しマッサージはほんのちょっとだけ得意かも、です」
……癒しマッサージ。癒しマッサージねえ。ふうん、得意なんだ。そっかあ……
そんな感じでなんだか微妙になりかけた空気を、部員たちが慌てて戻した。
これにはちょっとしたカラクリがある。
どこの学校のどんな野球部員であろうとも、基本的には性欲ギンギン真っ盛り世代の女子高生なわけであって。
つまり男子マネージャー様に癒しマッサージを受ける──男子様に「今日も部活、お疲れ様でした」なんて労をねぎらわれながら、全身を癒して揉みほぐしていただけるという行為は、もうそれだけで十分すぎるくらい至福なのである。
なんだけど……「癒しマッサージが得意」などという男子の言葉は、たいてい眉唾ものだったりするのもまた事実なのだ。
たしかに男子に癒しマッサージしてもらえば大変気持ちいいし、男子の手で凝り固まった全身を揉みほぐされるのは大好きだ。
けれどそれはテクニックではなく、男子だからという理由に過ぎない。
つまりどんだけ適当に、超へたくそにマッサージしたって、そんなの滅茶苦茶気持ちいいに決まってるのだ。
そしてぶっちゃけ大半の男子が、癒しマッサージ自体は超へたくそである。
男子にしては相当マッサージ上手いなこの子、と思っても所詮は男子。
自身のコチコチに固まった筋肉を研究材料にして、どこをどう揉みほぐせば癒しマッサージの効果が高まるかを日々研究する女どもには足元も及ばない。
それでも女と男子様どっちか選べるんなら、絶対男子様に癒しマッサージしていただきたいですけどね!
──というわけでアレだ。
詰まるところ、男子が自分で「ぼく、癒しマッサージが得意です」とか言っちゃった場合。
それはほとんどの場合、その男子にまるで取り柄が無いと同義なのだった。
ちなみに癒しマッサージが「好きです」と言った場合は話が全く変わる。
癒しマッサージが得意だとか抜かしても、普通なら男子は積極的に揉んで癒してくれたりしない。
だから、癒しマッサージが好きな男子なら、他がどうでも死ぬほどウエルカムなのである。
……そしてそんな野球部員たちの様子を、渚は冷静に眺めていた。
かつて自分もそうだった。
前の高校に入学して、初めて野球部でマネージャーに出会った日。
圧倒的すぎるオス様を前にして、身の程知らずの渚がそうと知らずにケンカを売って「……ボクの全身をしっかりと癒しマッサージできるもんなら、揉んでみればいい」などと啖呵を切った。その後どうなったかは言うまでもない。
ならば、どうすればいいかは決まってた。
「……キャプテン。ボクに提案がある」
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