第19話 第一回終身名誉奴隷希望選手2

 突然契約したいと言われた西神田が、何のことかさっぱり分からず目をしばたたかせる。


「え? 渚さん、どういうこと?」

「だから契約……マネージャーは、ボクがマネージャーの決めた学校に、一緒に入ることを許す……マネージャーのすることはそれだけ」

「それって、渚さんがやっぱり入らないって可能性も、当然あるんだよね?」

「……そう」


 実際はあり得ないけど、と言いたいのを我慢して続けた。


「その対価として……マネージャーは生涯、ボクが野球で稼いだお金の99.9%を受け取る」

「意味が分からないよ!?」

「……分からなくていい……マネージャーはイエスと言えばいいだけ……」

「それって渚さんが野球で稼ぐ限り、終身奴隷になるようなもんだよ!?」

「かまわない……この契約にはそれだけの価値がある」

「ないよそんなの!」

「絶対ある……あとこの契約を結べたら、野球選手としてすごく名誉なこと……だから終身名誉奴隷選手と言って欲しい……」

「ダメだ渚さん話が通じない! くずはさんもなんとか言ってやって!」

「そうねえ──」

「さあ、言っちゃってくずはさん! びしっと!」

「──でも渚の言ってることって、つまりドラフト風に言えば『第一回終身名誉奴隷希望選手』ってことでしょ。別にいいんじゃないの?」

「ふえええええぇっ!?」


 まさかの渚サイドの援護射撃に、西神田の頭がパンクする。


「弟くん、冷静になりなよ。弟くんの損になることは一つもないし。それに渚はにしか言及してないんだから、別にどうってことないと思うけど? 嫌なら別の仕事すればいいわけじゃない?」

「それはそうかもだけど!」

「渚はそれくらい、弟くんと一緒の学校に行きたいってことでしょ」

「ううっ……確かにそれはそう、なのかな……?」

「それにお姉ちゃん思うんだ──女がここまで覚悟決めて啖呵切ってるんだから、受けてやるのがイイ男なんじゃないか、ってね?」

「うううう……」


 二人にそこまで言われると、西神田もなんだか自分が間違っているような気がしてきはじめた。もちろん気のせいである。


「で、でもだからって、そんな契約なんてしなくたって別に……」

「渚の誠意なんでしょ、受けてあげれば? それも男の甲斐性ってやつよ」

「そんなの聞いたこともないよ!」

「……マネージャー。誠意が足りないなら、追加でなんでも言ってくれていい……とても前向きに検討する……」

「そんなこと、ぼく一度も言ってないからね!?」


 正直、西神田には渚がなにをしたいのか、さっぱり分からない。

 ──けれど、渚が本気なのは嫌でも伝わってくる。

 それに自分が損をするような内容でもなさそうだ。

 渚は信用しているし、くずはさんも否定しないし、あまりおかしなことにはならないだろうと思う。


 なによりこんなのは口約束だ。

 渚が将来野球で大スターになったとして、その頃にはこんな口約束、絶対に忘れているはずだから──


「分かったよ渚さん、ぼくの負け。もし渚さんが良かったらだけど、二人で同じ学校に行こうね?」

「……ありがとう、マネージャー……一生感謝するから」

「渚さんは大げさだなあ」


 そしてその日、二人は契約を結んだ。


 ****


 案の定というかなんというか、西神田はすぐにこの口約束を忘れる。

 けれど渚は決して忘れなかった。


 それから一年以上経った、ある雪の日のこと。

 プロ野球ドラフト一位の契約金ほぼ全額を勝手に口座に振り込まれたことで、血相を変えて飛び込んできた西神田に対して、渚はこの時こっそり録音していたスマホの音源を再生して、西神田を茫然自失とさせることに成功する。


 ……自分にとってはプロ野球のドラフトなんかより、あの喫茶店で三人でやったドラフト会議の方がずっと大切だから……なんて言い添えて。



 プロ一年目にして打率9割、ホームラン400本超えの偉業を成し遂げた渚はその後も前人未踏の快進撃を続け、史上初の特例によりわずか五年目でメジャーリーグへ。その時点で渚は、単年で年俸10億ドルを超える史上初のメジャーリーガーとなった。

 そして渚の能力は、メジャーでさらに覚醒することになる。


 その結果、西神田が渚から押しつけられることになる金額は、生涯合計で数兆円にもなるのだけれど。

 そのことを今はまだ、誰も知らない。

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