第18話 第一回終身名誉奴隷希望選手1
三日間の陸上強化合宿が終わり選手たちがめいめい帰路につく。
そんな中くずはが話があると言って、西神田と渚を喫茶店へと誘った。
「話があるって言うのは、二人の転校のことでね」
渚は聖鷺沼高校に、野球のスポーツ推薦で入学している。
しかも一年次に夏の甲子園で優勝してからは特待生扱いになり、学費などを全額免除されていた。
こういう場合、理屈では野球部を辞めてもその後の学費を払えば学校を辞める必要はないが、実際問題としてはなかなか厳しいといえる。
そのうえ渚は、敬愛するマネージャーからこれからも活躍してほしいと告げられてしまった。つまりそれは天啓にも等しい。
マネージャーの恩義に報いるためにも、野球はできる限り続けたい。
でもあのクソゴミ野球部に復帰なんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。
ならば転校するしかないだろう。
一方、西神田は渚よりはまだ転校の必然性は低い。
少なくとも学費は普通に払っているのだ。
とはいえ野球部は、今の学校の大看板である。
その野球部を追放された上、今後起きるであろう渚騒動の問題がある。
渚の退部の影に西神田がいることは野球部の一部には想像がつくだろうし、しかもそれは厳然たる事実だった。
西神田が自分は知らなかったという事実をいくら主張しても、西神田が渚を誘惑して辞めさせたという噂話を面白おかしく流されるのは、火を見るより明らかだった。とはいえそれをストレートに指摘すれば、渚は野球どころか世俗を捨てて仏門に入るまである。
「ねえくずはさん。転校は、やっぱり避けられないかなあ?」
「そうだね。お姉ちゃんが考えるに、弟くんも渚も転校するのが一番平和だと思うけど?」
「……ボクは、マネージャーと一緒ならどこにだって行く。たとえ地球の果てでも……」
「え、渚さんブラジルに野球留学するの? 本当に?」
「……そういうことじゃなく……マネージャーと同じ学校に行くって事……」
西神田としては、転校は仕方ないにしても渚と一緒という発想はなかった。
けれど渚としては、むしろ当然の条件。
マネージャーがいかに自分を癒しマッサージしやすいか、それが唯一にして絶対の条件なのだから。
極端な話、その高校に野球部が無ければ作ってもいいし、卒業までは自主練だけしててもいい。
野球は一生できる。けれど高校時代のマッサージは、高校時代にしかできないのだから。
しかし西神田が自分の癒しマッサージを、そんな風に捉えているはずもなく。
「いやいや、渚さんなら強豪校で引っ張りだこでしょ」
「……え?」
「ぼくはまたどこかの部でマネージャーやろうかなと思ってるけど、部活が大きいところはちょっと懲りたかなあって」
「……マネージャー?」
「だからね。もしぼくが渚さんと一緒の野球強豪校へ行ったとしても、強豪校だから選手も男子マネージャーも大勢いるに決まってるし、一緒に部活をやるってことはないと思うんだ」
「……やだ……」
「えっ」
「ねえ渚? ちょっと確認するけど──今の言葉は弟くんに野球部への入部を強制したのかな?」
だったら殺す、くずはが目線だけでそう語っていた。
しかし渚はとんでもないと首を振って、
「……そんなわけない……ボクが勝手に、マネージャーがマネージャーする部活に入りたいだけ。それに野球部でなくてもいい……野球なんて一人でも練習できるし……」
「いやそのりくつはおかしい」
西神田は、自分の癒しマッサージについて、最近ちょっとは上手くなったかも……程度にしか認識していない。
そしてそのことを周りは誰も訂正しない。
なぜなら自分の癒しマッサージの凄さに気付くことで、余計な義務感やプレッシャーを感じさせたくないから。あと泥棒猫対策。
西神田を取り巻くそういうややこしい現状を、渚はきちんと把握している。
もちろん訂正する気もない。
けれどそのせいで、話がうまくかみ合わない。
そのことに気付いた渚は、攻め方を変えることにした。
「……マネージャー、ボクはマネージャーと……一つ契約をしたい」
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