第17話 弟くん不可侵条約2

「でもまあ、そんなことはどうでもいいのよ」


 くずはが話を仕切り直して、


「今まではさ、弟くんの素敵なマッサージを一度でも体験したら、その良さは絶対に伝わるものだって信じてた。でもそうじゃないクズどもも世の中にたくさんいるってことが判明したわけ。もちろん野球部のことだけど」

「……ボクは死んでも違う。あとボクの知ってる何人かも……多分」

「まあそこも別にいいのよ。つまり言いたいのはね、弟くんをこれ以上悲しませるようなことは絶対、絶対に許せないってこと」

「当たり前です!」

「……当然」

「それで渚、弟くんのマッサージの素晴らしさに気付かなかったクソどもって、一体どんなやつらなの?」

「……えっと……」


 渚が思いつく限りの人物とその特徴を挙げていく。

 やがて渚が話を終えると、くずはがなるほどと納得した。


「才能がない、努力しない、感度が鈍い、その上胸まで小さい、か……なるほどね。弟くんが癒しマッサージしてもピンとこないはずだわ」


 とはいえ渚の判定は、常識より相当ハイレベルな基準によるものである。

 渚は毎日ぶっ倒れるまで練習するのがデフォなので、努力するしないの判定が滅茶苦茶辛い。

 しかもそれほど練習をしたのに、中学時代は全国大会二回戦止まりだったので、渚は元々の自分に才能があるとすら思っていない。

 そして野球に打ち込んでいたため、色恋沙汰や女子の恋バナとも無縁で、他人の胸の大きさにもほとんど興味がない。

 極めつけに、渚はかなりの常識知らずだった。

 具体的には、隣にいるHカップの暁烏千佳ですら115センチOカップの自分と比べて、ナチュラルに貧乳扱いをするほどの常識知らずである。


「まあいいわ。クズどもには絶対報復するとして、話したいのは弟くんのこと。暁烏もいいよね?」

「もちろんです、くずは様」

「暁烏は今まで知らなかったわけだし、渚は部活の一員っていう縛りがあったけど、これからは無くなるでしょ? でもだからって、サルみたいに弟くんに癒しマッサージしてもらおうとしちゃダメだよってこと」

「あーなるほどです。たしかに委員長の癒しマッサージ、本気で毎日受けたいですもんね」

「……その魅力、あらがいがたし」

「ダメだってば。ボクだって高校で野球部のマネージャーするって行った時、涙を呑んで送り出したんだからね? 今はもの凄く後悔してるけど」

「うぐぅ……」

「仕方ありません」


 くずはは二人が渋々ながら了解したのを確認してから頷いた。


「というわけで、弟くん不可侵条約その一。──弟くんの気持ちは絶対尊重。無理矢理は絶対ダメ。はいリピート」

「「無理矢理に迫るのは不許可」」

「弟くん不可侵条約その二。──弟くんの負担を軽減するため、癒しマッサージのお願いは最低限に控える。ただし弟くんが自らマッサージを言い出してくれた場合はその限りにあらず。リピート」

「「直接的でないアピールは許される」」

「弟くん不可侵条約その三。──弟くんの癒しマッサージを、むやみやたらに宣伝しないこと」

「「泥棒猫は極力排除」」

「弟くん不可侵条約その四。──以上を守らない場合、苛烈な報復を覚悟せよ」

「「裏切り者は死あるのみ」」

「うん、よく出来ました」


 くずはの不可侵条約は、渚も暁烏千佳もしごく納得できるものだった。

 だから二人とも、迷うことなく条約締結に同意した。

 なにか聞きたいことがあるかと聞かれて、暁烏千佳が手を上げる。


「くずは様。この条約、わたしたち以外に締結してるのは誰になりますか?」

「ボクの妹二人と、あとは弟くんの妹だね。言っておくけど、みんな怒らせると滅茶苦茶怖いよ?」

「……それはすごく実感した」


 渚の言葉には、実感がたっぷり詰まっていた。

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