第20話 ざまぁの算段

 西神田が席を立ってトイレに行ったタイミングで、くずはと渚の黒い密談が始まった。


「弟くんには改めてちゃんと話すけど、二人には風の杜学園に入ってもらおうと思うのよ」

「……いいけど、どうして?」

「それが一番楽だから」


 私立風の杜学園高校は、くずはと次女の佐倉前真希、西神田の妹の涼葉が通う高校である。

 ちなみに併設中学には佐倉前家の三女、佐倉前璃沙も通っている。


「内情をぶっちゃけるとボクは、風の杜学園の中で絶大な権力を握ってるわけなのよ。こう言っちゃなんだけど」

「……それは、くずはの人気と実績を考えれば当然……」

「まあボクって、この前のオリンピックで金メダル10個取った超有名人だからね。でもそれだけじゃないよ」

「……?」

「ボクの金メダル10個って、所詮は全部陸上系だから。100メートルとか200メートルとか400メートルとかハードルとかリレーとかね。でも上の妹の真希は格闘系なんでもござれの無敗の女王だし、下の妹の璃沙は体操の妖精って渾名で無敵の強さを誇ってる。つまり多方面にアピールしまくってるわけ」

「……なにそれこわい……」


 ちなみに最も恐ろしいのは、ここで名前の出なかった西神田の妹の涼葉なのだが、渚がその戦慄の事実を知るのはもう少し後のこと。


「ボクがすれば、校長や理事会は絶対に二人の転校を断れない。ボクの指令を遂行するために、たとえ転入試験が0点でもどうにか改竄して合格させるだろうね……だからってホントに0点取らないでよ?」

「……そんなの平気。ボクは頭のいい方だから」


 渚はむんと胸を張るけれど、実際には渚の学業成績たるや限りなくパーに近い超低空飛行であった。

 昨年度、赤点も補習もなく無事に進級できたのも、ひとえに校長による忖度のおかげにすぎなかったのだから。


「言っとくけど、ウチの野球部めっちゃ弱いよ?」

「……マネージャーとボクさえいれば、甲子園優勝くらい楽勝……」

「よく言った。それとヘタしたら、定員割れで試合できないかもだけど」

「……それは困る」


 部員が9人いなければ、そもそも試合のしようもない。


「まあそこは考えてるし、いざとなったらボクとか真希とか涼葉ちゃんが試合に出るから。あ、あと一つ、もの凄く大事なことがあるんだけど」

「……なに?」

「あのゴミクソ野球部と試合をする時には、絶対にボクたちを選手として出場させなさい。──ボロボロのグチャグチャのギッタギタにして、完膚なきまでに叩き潰すから」


 くずはの目は本気だった。

 もちろん渚だって同じ気持ちだ。迷いなく頷いてみせる。


「……つまりボクとマネージャーは野球部に入って、夏の大会で聖鷺沼高校と対戦するまで勝ち進まないといけない……?」

「弟くんはどこに入ろうが縛らないけど、渚は絶対。弟くんと同じ部活に移るなら、クソバカ野球部を滅ぼしてからにすること。いい?」

「了解……でも向こうが勝手に負けるかも?」

「その時は仕方ないから、別の方法を考えるけど──あ、でもウチらがぶっ潰すまでは向こうの選手に声かけるの禁止。対戦する前に負けられたら困る」

「……わかった」


 くずはは引き抜き禁止という意味で言ったのだが、渚はその言葉を真に受けて、その場でスマホの登録を西神田の連絡先以外まるごと消した。


「あとはね、あのクソバカ高校って運動部で名前売ってるんだって? もちろん渚のいる野球部がぶっちぎりで有名だけど、そのほかにもサッカーとか、バスケとか、バレーがまあまあ強いみたいね」

「……聞いたことある」

「そいつらも全員、一回戦で潰しちゃおうか」


 渚が息を呑んだ。

 野球部だけでなく、学校そのものの息の根を、くずはは止めるつもりなのだと気付いたからだ。


「もちろん不正はしないけど? でも運営にたっぷりお金を積んですれば、一回戦でウチとぶつかるくらいの忖度そんたくはできるでしょ? そこにボクでも真希でも涼葉ちゃんでもいいけど、誰かが選手に混じってれば……どう考えても負けるわけないよね?」

「……でもそんなの、いつかばれると思うけど?」

「さすがにずーっと一回戦負けさせるのは無理かなあ。でも今年で中二の璃沙が高校卒業するまでの間は、県代表には絶対させないよ? 兼部してるって言えばいいだけだし」


 こうしてこの日、とある喫茶店にて私立聖鷺沼学園高校の運命が決められた。

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