第15話 全日本女子陸上強化合宿6 大浴場と事故キス

 幸せそうに眠る渚の寝顔を見ていると、くずはから携帯が掛かってきた。


『弟くん、そろそろ終わったよね? 一緒にお風呂どうかな?』

「ありがとう。でもどうして分かったの?」

『弟くんは癒しマッサージの天才だもん、半日ピッタリで終わったかなって』


 なんにせよ、くずはの申し出はありがたいものだった。

 西神田の部屋の前でくずはと合流し大浴場へ。

 昨夜と同じく、深夜の貸し切り大浴場を二人で使った。


 ベッドで眠る渚も、昨日と同じくスタッフに綺麗にしてもらうことになった。

 西神田としては申し訳なくて仕方ない。

 なにしろ自分も渚も、陸上強化合宿の部外者なのだから。


「……弟くん? またへんな遠慮して恐縮してそうだけど、ダメだよそんなの」

「くずはさん、でも」

「弟くんは気付いてないかもだけど、弟くんがこの合宿中にお姉ちゃんを癒しマッサージした合計時間は、既に合宿専属マッサージマネージャーの倍以上いってるんだからね?」

「え? そうなの?」

「そうだよ。いくら癒しマッサージが仕事でも、普通はちょっと調子悪いくらいじゃ揉んでくれないし、そのくせ揉み方も雑、ヘタクソのくせにとっとと癒されろって態度が丸わかりなんだから……だからもう、弟くんは仕事を十分以上にこなしているんだよ?」

「……そのマッサージマネージャー、ちょっとどうかと思う」

「そう? でもね、それが普通の男性マッサージマネージャーなの。もっとも、お姉ちゃんや渚くらいの超絶有名人なら、積極的に癒しマッサージしてやってもいいぞって態度をしてくるバカ野郎も多いけど……」

「ふふっ。くずはさんは人気者だもんね」

「普通はそんなもんだよ? 弟くんが特別なだけ」


 だから、とくずはは思う。

 弟くんは、この世界に爆誕した聖人であり天使だ。

 他のことならばともかく、こと癒しマッサージに関しては、かなり本気でそう思っている。


 ****


 いくらなんでも、西神田が家族でも恋人でもない女子、例えば渚や暁烏千佳なんかと一緒の部屋で寝るわけにはいかなかいわけで。

 けれどくずはが相手なら、やむを得ない事情があれば仕方ない。

 だって幼馴染みだもの。


 というわけで、昨夜に引き続き二人でくずはの個室で寝る。

 激しいマッサージを続けた西神田の疲労はもう限界で、歩きながらうとうと寝始める始末だった。

 もっとも昨日もこんな調子だったけれど。


「おやすみなさい……くずはさん……」

「お休み、弟くん」


 そう挨拶するくずはの顔が、抑えきれない情欲に歪む。

 ……昨日は可愛い眠り顔を堪能したけれど、今日こそは念願のに手を出すと決めていた。

 身体を軽く揺すったりしてターゲットが完全に寝入ったことを確認し、速やかに行動を開始。

 くずはのベッドに倒れ込むように寝る西神田の身体をそっと動かし、ベストポジションに持って行く。つまりはシングルベッドの中央である。


「あ、あれー? 困ったなー。もう仕方ないなー。弟くんがベッドの真ん中に寝たら、起こすわけにもいかないし、お姉ちゃんこうするしかないもんね……?」


 誰も聞いていない言い訳を棒読みで口にしつつ、くずはが取った体勢は、西神田を抱き枕にしたような格好。

 青少年の上半身に遠慮無く爆乳を押しつけたくずはは、頭と頭を引っ付くほどに近づけて事故キスも一緒に狙うのだった。


 ──ちなみに事故キスとは、くずはが独自に考案した『頭が揺れた拍子にキスしちゃっても事故だから仕方ないもんね』の略である。

 あと事故キスはあくまで事故だけど、キスとしてノーカンには決してならない。

 こんな無茶な体勢を作ったら普通は起きるものだけれど、連日の激しいマッサージ疲れで泥のように眠った西神田は、全く目を覚まさなかった。


「それじゃ、おやすみなさい……ボクだけの弟くん♡」


 そうしてくずはが横になったものの。


「……ね、寝れない……」


 いつ事故キスがいただけるかと気になって、目がギンギンに冴えてまるっきり眠れない。

 唇を突き出した体勢のまま待ち構えていたら、結局明け方になってしまった。

 待ち望んだ事故キスは結局起きなかった。

 くずははとても落胆した。



 西神田はその夜、野球部の女子全員にのしかかられるという謎の悪夢にうなされたという。

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