第14話 渚が野球部を辞めた日5 渚と仲直りマッサージ

 西神田はくずはに事情を説明し、渚のために午後まるごと抜けたい旨を平謝りしつつ頼み込んだ。

 くずはは仕方ないと言いながら了承してくれた。

 貸し一つだよ、と言い添えて。


 くずはの言う貸し一つとは、休日をまるまるかけて全身癒しマッサージすれば返せる程度の分量というのが、二人の暗黙の了解である。

 もちろん西神田に異論はなかった。


 半日ぶりに戻った西神田の個室は、なにごとも無かったように綺麗になっていた。綺麗なベッドの上に、渚が身を縮こまらせて座っていた。

 昨日は深夜まで暁烏千佳の身体をマッサージして、全身から噴き出た汗でグチョグチョのドロドロにしてしまったベッドである。今日もまたベチョベチョのヌルヌルにするのかと思うと申し訳なさで一杯だった。

 しかも、昨日はまだしも今日に至っては、強化合宿の選手ですらない。


 西神田は渚に向かって、両手を腰に当てて怒るしぐさを見せた。


「ねえ渚さん。ぼくは今、ちょっとご立腹なんだよ?」

「……怒るのは当然のこと。今回のことは、ボクに弁明のしようも……」

「違うよ渚さん、ぜんぜん違う。これっぽっちも理解してない」

「……え?」

「ぼくが怒ってるのは、ぼくがもういいよって言ってるのに、渚さんが謝り続けることだよ」

「ご、ごめんなさ……」

「ああほらまた謝った。だからぼくは罰として──これから渚さんの全身を、半日ぶっ通しで癒して、癒して、癒しまくることに決めました」

「!!??」

「渚さんが泣いても謝っても許してあげない。ぼくは自分の握力の限界まで渚さんの筋肉を揉み続けて──渚さんの身体はぼくが育てた、ぼくだけが癒して、揉んで、マッサージしていい至高の筋肉なんだぞって──渚さんはぼくに謝る時間があったらその分練習して、試合に出て活躍して、凝った全身をぼくに癒しマッサージされなくちゃダメなんだぞって、心の底からきっちり分からせてあげるから。そのつもりで覚悟してね?」

「……マネー……ジャー……っっ♡♡」


 渚が感極まるのも無理はない。

 裏切った(ことにされた)はずの相手に許されたばかりか、今後も渚に活躍して欲しい、渚の全身を揉んで癒してマッサージして育てていきたい、と宣言されたも同然なのだから。

 もしこれに婚約指輪でもついていたら、熱烈な男性からのプロポーズとすら思える内容だ。


「さあ渚さん、泣いてないで服を脱いでね。それともぼくに脱がせてほしい?」

「う、うん……お願い」


 渚の制服を脱がせてTシャツ一枚になったら、すぐに癒しマッサージが始まる。

 いくら練習しすぎですぐ凝ってしまう渚の筋肉とはいえ、まる半日ぶっ通しのマッサージは未知の世界だ。

 なのでいつものように荒々しくではなく、新手の趣向で渚を攻める。


 …………


「ふぁっ……マネージャーの癒しマッサージ、今日はすっごく甘い……♡」

「荒々しく揉むだけがマッサージじゃないからね? 今日はじっくりたっぷり、蕩けるように癒していくよ?」

「うん……ボク、今日で蕩けて無くなってもいい……♡」


 …………


「……ばかになりゅっ。ボクの全身……マネージャーにほぐされすぎてトロトロになりゅっ……脳汁から快楽物質ぴゅーぴゅー出りゅのお♡」

「まだまだ、これからだよ?」

「ボク……マネージャーの癒しマッサージで天国見えちゃうよ……♡」


 …………


「……ごめんなしゃいっ、野球やめるなんて言ってごめんなしゃい……仏門に入るなんて言ってごめんなしゃいいっっ♡」

「渚さん、全国の甲子園を目指す球児と仏教関係者のみなさんに謝って?」

「はいいいっ……ボク、篠宮渚はっ……公式戦で打率10割ホームラン率7割を誇る天才バケモノスラッガーにゃのにっ……ずっと昔に禁止になった敬遠制度、復活させる議論を巻き起こす圧倒的強者なのにっ……マネージャーに育てていただいた才能を勝手に捨てて、仏門に入ろうとしてごめんなしゃいいっ♡」


 …………


「渚さんは野球、これからも続けるんだよね?」

「続けましゅっ……マネージャーがいなければ甲子園の意味ないなんて勝手に絶望して……マネージャーが雨の日も風の日も揉んで育ててくれた、ドン引きするほどのバケモノ才能を投げ捨てようとするなんて……圧倒的愚行っっ♡」


 …………


「ところで渚さん、仏門に入る気は無くなったの?」

「……はいいっ。だってここで野球を辞めたら……マネージャーに育てていただく幸運を貰えなかった、ボクと絶望的なまでの実力差が開いた全国の野球部のみなさんに……申し訳がたちましぇんっ♡」

「それなら安心したよ。でも渚さん、またすぐに俗世を捨てようとしたりしないでよね?」

「もちろんでしゅっ……ボクこと、篠宮渚はここに宣言いたしましゅっ……もう絶対に二度と、マネージャーから勝手に離れたりいたしましぇん……死が二人を分かつまでっ♡」


 …………


 西神田がふと気付いて時計を見ると、深夜零時を回ったところだった。

 しまったと反省する。


(自分で予告したこととはいえ、本気でまる半日、渚さんの全身を夢中になって、揉んで揉んで揉みまくっちゃったな)


 そもそも渚さんが可愛いのが悪い、なんて責任を転嫁してみる。

 全身をトロトロに癒していくにつれて、よく分からない反省の弁らしきものをうわごとのように喋りだしたのが妙にツボに入ってしまった。

 それでつい悪ノリしちゃったけれど──


「……むにゃ……マネージャー……」

「渚さん、起きてるの?」

「……らいしゅき……おっぱいもむ?……すやぁ……」


 渚が幸せそうな顔で謎の寝言をいう姿を見て、まあいいかと思うことにした。

 もちろんベッドは、噴き出た汗でドロドロのグチョグチョだったけど。

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