第13話 渚が野球部を辞めた日4 号泣土下座
合宿二日目の昼休憩時。
呼び出された西神田がビルの玄関まで向かうと、そこには璃沙と、地面にうずくまる誰かがいた。
「璃沙ちゃん、こんな所までどうしたの? ……この人は?」
「……ごめんなさい、マネージャー……本当にごめんなさい……」
「ちょ、まさか渚さん!?」
西神田をマネージャーとだけ呼ぶ人間は渚しかいないので、すぐに誰だかピンときた。
そう思って改めて見れば、間違いなく西神田の知っている渚の身体で。
慌てて顔を上げさせると、渚のほっぺたが酷く腫れ上がり、大きな瞳からは特大の涙をボロボロ
「どうしたの渚さん!? いったい誰に殴られたのさ、ぼく絶対に許せないよ!」
「…………」
渚を殴った犯人の璃沙が気まずそうな顔でそっぽを向き、下手な口笛を吹く。
とはいえ渚がチクリを入れることはなかった。
「……ううん、これはボクの罰だから……マネージャーが遭った酷い目に比べれば、こんなのなんでもない……」
「え? なにそれ渚さん?」
「……今日になって初めて、マネージャーが野球部を追放されたって聞いた……ボクはマネージャーに助けられて、マネージャーのおかげで成績を伸ばせたのに……調子に乗っていい気になって、肝心なときにマネージャーを守れなかった……本当にごめんなさい……ボクの土下座なんかで謝れる話じゃ、決してないけれど……」
「ええっ? でもぼくは、渚さんたちも同意の上だって聞いて──」
「(ブツッッ)」
西神田と璃沙はその時、渚が完膚なきまでにブチ切れる音を確かに聞いた。
土下座していた渚が、ゆらりと立ち上がる。
──その表情は、まさに地獄からやって来た鬼神。
ホームランを大量生産するため鍛えに鍛え抜かれたその豪腕で、絶対に敵をこの世から葬り去る死神ウーマンがそこにいた。
あまりの怒りの迫力ぶりに、さすがの西神田も慌ててしまう。
「あ、あのう──渚さん?」
「……マネージャー、教えて。……そのふざけたことを抜かした、クソバカゴミ虫はどこの誰……?」
「えっと、それは、」
「……絶対殺す……マネージャーを追放しただけでも万死に値するのに……ボクが了承したとか死んでもあり得ない大ウソほざくとか……この世に生まれたこと、地獄の底で後悔させてやる……」
「あの渚さん、暴力は……」
西神田がなんとか宥めようとした時。
それまで黙って見ていた璃沙が、いきなり渚の顔面にグーパンを入れた。
渚が軽々と宙を舞って吹っ飛んだところを見るに、相当な威力のパンチであることは疑いようもない。
「黙ってみてたけどお姉さん、ちょっと調子乗りすぎだよ?」
「……いたひ……」
「あのさ、お姉さんの感情なんかどーでもいいんだよ。大事なのはお兄ちゃんでしょ? お兄ちゃんに謝りに来たんじゃないの? なのに逆ギレしてお兄ちゃんに詰め寄るとかふざけてるの? マジ殺すよ?」
「……ほんとだ……ボク、頭悪すぎる……本当にごめんなさい……」
再び号泣して土下座する渚を、西神田が背中の上から優しく抱きしめる。
「ううん、土下座なんていいんだよ。ありがとう渚さん」
「マネージャー……ボク、女のくせに、マネージャーのこと全然守れなくて……」
「そんなのいいんだよ。渚さんがこうして会いに来てくれたことが、ぼくはすごく嬉しいんだから──ホラ」
怒っていない証拠として西神田に優しく筋肉を揉まれた瞬間、渚の全身が喜びに震えた。
「はふうっ♡」
「──って、渚さん滅茶苦茶筋肉凝ってる!? ぼくのいない間、ちゃんと癒しマッサージしてもらった?」
「ううん……マネージャー以外に、ボクの筋肉……揉んで欲しくない……」
「駄目だよそんなの! ……あーもう、この凝り具合は何時間コースだろ……」
「お兄ちゃん、さすがに玄関じゃアレだから部屋に連れてっちゃえば?」
「そうだね……璃沙ちゃんもありがとう、渚さんここまで連れてきてくれて。もしかして学校サボっちゃった?」
「まあね。でもほら、急いだ方がよさそうだったから」
「ありがとう。今度きちんとお礼するから──ぼくは渚さんを部屋に連れて行くから、璃沙ちゃんは先にくずはさんの所に行ってて」
「うん」
西神田が渚を連れて、自分の部屋へと案内する。
その一方で。
突然の妹の訪問に首をかしげたくずはは事情を聞くと、なるほどと腕を組んで発育しすぎた爆乳を歪ませながら、ぶつぶつ言いながら考え込んだ。
「……そうすると、高校野球界のスーパースターが一転、大スキャンダルで評判が地に落ちるストーリーは使えない……修正が必要ね……」
「く、くずはお姉ちゃん?」
「……ならばプランBの、試合で正々堂々と完膚なきまでに叩き潰すストーリーかな──うーん、こっちだと逮捕まではムリだし、それに仕込みが面倒なのよね……でも精神をぶっ壊せるのは間違いないし……」
「くずはお姉ちゃんは何をたくらんでいるのかな!?」
璃沙のツッコミに、顔を上げたくずはは微笑むだけで、何も言わなかった。
璃沙は知っている。
この笑顔を見せた時のくずはは、容赦というものを知らないことを。
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