第8話 全日本女子陸上強化合宿4 クラスメイトに癒しマッサージ

 合宿の部屋割りは原則ツインだが、くずはと西神田には個室が与えられていた。

 くずはは、あまりに優秀な能力と、圧倒的実績の持ち主であることが理由。

 西神田はくずはが連れてきた人間であることと、あとは単純に男子であることが理由である。


 その自分の個室に、西神田は暁烏千佳を連れてきていた。

 後ろにはくずはがムスッとした顔で付いてきている。


「さあ入って、どうぞ」

「お邪魔します……わっ、オトコノコの匂いだぁ」


 鼻をすんすん鳴らす暁烏千佳に、くずはが思わず拳を握りしめたのは言うまでもない。

 

「わたしさ、これでも中学時代は結構有名な陸上選手だったんだよ? もちろんくずは様には足元も及ばないけど……けどそれでも県のレコード更新したりさ。でも中三の秋から全然駄目になったんだ」

「なにかあったの?」

「スランプだよ。なんかその頃から、急に胸が大きくなって……」

「それは遺伝だよ。夏実も相当大きいもん」

「夏実はわたしの妹のくせに大きすぎだよ。この前測ったらLカップだったって言ってたもん」

「暁烏も同じくらいじゃない?」

「わたしは97のH。まあわたしも夏実も、くずは様に比べればド貧乳もいいところだけどね」


 ノーブラの上にTシャツ一枚だけになった暁烏千佳がベッドに寝る。

 マッサージの時にブラを取る必要はないけれど、薄着の方が癒しマッサージの効率は上がるし、それが硬いブラならなおさらだ。それに胸が大きければ大きいほど、ブラに覆われていた部分には負荷がかかる。

 とはいえ拒絶する男子がほとんどなので、普通は断りもせず脱がないのだけれど、暁烏千佳は妹の夏実から『西神田センパイ、ノーブラでも全然オッケーだし』なる、うらやまけしからん情報をゲットしていた。


「じゃあマッサージするよ」 

「うんっ」


 癒しマッサージを初めてすぐに、西神田は筋肉の奥にある硬い芯に気付く。

 それは病的なものではない。

 そしてくずはのように揉みほぐし困難なほど大きくはないけれど、長年放置されていた分、頑固に凝り固まっているように思えた。

 だから西神田はじっくりと、暁烏千佳の筋肉の奥で固くなっている芯を、トロトロに炙るように揉み溶かしていく。


「しゅごいっ。なにこれしゅごい、自分でするマッサージと全然ちがうよおっ」


 暁烏千佳は全身の筋肉がコチコチだった。とくに尻と太腿の凝り具合が壊滅的に酷い。稚拙なケアに練習のしすぎも相まって、今までに腱断裂などの致命的事故が起きていないのはよほど運がいいと思えるほどだ。


 こんな乱暴なマッサージ、絶対に許せない!

 ぼくが癒してあげなくちゃ──!


 西神田は誰がなんと言おうと、全身全霊をもってこの腐れ縁クラスメイトを癒して癒して癒しまくることを大決定した。


「ど、どうしたの委員長? 固まっちゃって──ふ、ふにゃああっ!?」

「暁烏さん、ちょっと我慢してね」

「ちょ、待って、こんなの無理我慢できないよお♡」


 それから四時間かけて、西神田のマッサージフルコースはようやく終わりを迎えた。

 暁烏千佳は体力が尽きて気絶していた。

 ベッドの上は暁烏千佳の全身から噴き出た汗で、ぐちょぐちょのべとべとだった。


 満足いくマッサージを終えた西神田が満足げに汗を拭い、そこでようやくベッドの上の惨状に気付く。


「……今夜どうやって寝よう?」

「まったく、人が良すぎて心配になるかな。お姉ちゃん自慢の弟くんは」


 困ったものだと苦笑を浮かべて、くずはが西神田の頭を優しく撫でる。

 自分のマッサージの一部始終を、くずはが一部始終記憶する勢いでガン見していたことに、西神田は最後まで気付かなかった。


 ****


 今さらの話ではあるが佐倉前くずはには、ささやかでない金と権力がある。

 その力を軽く振るえば、深夜に合宿施設の大浴場を独占することなど簡単なのだった。


「ううっ……ぼくのせいでお風呂をこんな時間に開けてもらうなんて、なんだか悪いよ……」

「弟くん、そんなの気にしなくていいんだよ? むしろ誇るべきことをやったんだから」


 くずはは本気でそう思っている。

 納得いかない点があるとすれば、あの激しすぎる癒しマッサージの相手が、自分でなかったことだけだ。


「暁烏、あのままベッドに寝かせてきたけど大丈夫かな?」

「平気だよ。ここのスタッフにお願いしておいたから、お姉ちゃんたちと入れ替わりに大浴場で全身ピカピカに磨かれた後、念のため医務室で診てもらう手はずになってるから」


 大浴場は当然ながら貸し切りだった。

 くずはは西神田を拝み倒して、一緒に入りたいとお願いする。

 普通の男相手ならまず間違いなく猥褻罪で逮捕される案件。

 けれど風呂を開けてもらった負い目のある西神田は苦笑して、バスタオルで身体を巻くことを条件に、一緒に入ることに同意した。


「──そうだ。弟くん、夏休みの予定はどうなってるの?」

「夏は甲子園のつもりだったんだけど、ぼく野球部に追放されちゃったからね……どこか気晴らしに旅行にでも行こうかなあ、なんて思ってるけど」

「じゃあお姉ちゃんも一緒にどうかな」

「え、くずはさんと?」

「ボクも夏の世界大会の前に、どこか行こうかなって思ってたんだよ。でも弟くんと一緒ならマッサージしてもらえるし、そっちがいいに決まってるもん。どうせ部屋の値段なんて一人でも二人でも一緒だし……ね、どうかな?」

「そうだね、そういうのもいいかも」

「じゃあ弟くん、宿の手配はお姉ちゃんがしておくね」


 くずはは歓喜に打ち震えた。

 狙うは広々とした個室露天風呂付きの超高級温泉宿。

 どれだけ高くても絶対に取る。

 美味しいお食事、一緒にお風呂、天国のような癒しマッサージ、それにひょっとしたら露天風呂で今度こそ処女喪失まで行けちゃったり……!

 言質は取った。ここで具体的な計画をバラしたら拒否されるだろうけど、なんとかして実現させる。だって弟くんと一緒に旅行したいし!



 ──くずはは初めて、ほんの少しだけ、野球部とやらに感謝してやってもいいと思った。

 絶対に許さないことは変わらないけど。

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