第7話 全日本女子陸上強化合宿3 食堂で偶然クラスメイトに出会う

「え? その声は……暁烏あけがらす?」

「やっぱり委員長だ! えええ、てことは委員長がくずは様の癒しマネージャーなの!? マジで!?」


 今回合宿に初招集された私立聖鷺沼学園高校陸上部二年、暁烏千佳。

 西神田とは中学から同じで、現在もバリバリのクラスメートだ。

 中学時に西神田が学級委員長をやっていた時から、今でも西神田を委員長と呼んでいる。


「ていうか委員長って野球部じゃん! なんで陸上マネやってるの! ずるい! わたしも委員長にマッサージしてほしいし!」

「ちょっと待ちなさい。……貴方は弟くんと同じ学校の……?」

「は、はい! 委員長──西神田くんと同じクラスの暁烏千佳です!」

「ボクは佐倉前くずは。よろしくね」

「もちろん存じてます! ってくずは様を知らないなんて陸上関係者、いえ日本人ならありえませんし! ってくずは様、委員長のお姉さんなんですか!? っはーマジで羨ましすぎる!」

「いや暁烏、くずはさんはぼくの本当のお姉さんじゃないよ? 昔お隣さんだった幼馴染みで、姉弟みたいに仲良くさせてもらってるってだけで──」

「そういうこと。だから、弟くんは渡さないから」


 むぎゅ、と爆乳を押しつけながら西神田を抱きしめるくずはに、暁烏千佳が慌ててかぶりを振った。


「いえいえ、委員長を奪おうなんて滅相もない! ただ妹から委員長のゴッドハンドぶりは聞いてますからねー、わたしも一度体験したいなって、ずっと思ってたんですよ!」

「そうだったの? でもぼくそんな話、聞いたこともないよ?」

「そりゃ委員長ってば、いっつも野球部のマネだけでヘトヘトじゃない。わたしも癒しマッサージしてー、なんてちょっと言い出せなくってさ」

「ねえ弟くん……妹って誰のこと?」

「暁烏の妹の夏実。野球部の一年なんだよ」


 途端にくずはの殺気が爆発的に膨張する。

 それが何かは分からないが、触れてはいけない逆鱗に触れたことに、西神田以外の全員が気付いた。


「つまりその妹というのは、弟くんを追放……」

「あ、えっとくずはさん」

「なに?」

「ちょっとそのことは……今は内緒にしてもらえると……」


 暁烏千佳の様子から、自分が野球部を追放されたことは知らないようだと西神田は判断した。

 ならば合宿の間だけでも、追放された事実など知られないでいた方が、お互い気が楽だ。


 そんな西神田の思考は、くずはにも十分理解できるものだった。

 できることならば今ここで、野球部の妹を持つ姉──つまり野球部関係者である暁烏千佳を再起不能なまでにぶっ潰すことで、ささやかながら弟くんの復讐劇序幕を開催したいのだけれど。


「──弟くん、ちょっとこっちに」


 くずはは西神田を食堂の外に連れ出すと、真面目な顔をして小声で聞いた。


「弟くんさえ『うん』って言えば、ボクはお姉ちゃんとして、即座にあの小娘を処刑するよ?」

「なに言ってるのかなくずはさんは!?」

「あの小娘は野球部メンバーの姉。つまりお姉ちゃんと弟くんの敵でしょ?」

「いやいやいや、そんな連座ありえないからね!? それに暁烏の妹は、才能あるし練習熱心だしいい子だよ?」

「……そう?」

「それにさ、暁烏がぼくのマッサージ受けてみたいみたいだし。だったら丁度いい機会だし、やってあげようかなって」

「……うん、そうだね」


 くずはは涙を呑んだ。

 大好きな弟の前で、素敵なお姉ちゃんであり続けるために。


 そして同時に、今宵のくずは処女喪失計画も幻と消えた。

 とはいえそっちは、最初からくずはの妄想でしかなかったけれど。

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