第13話「情報提供の料金」
「キミに、キッドがどんな奴かを教える? 」
レナは、怪訝(けげん)そうな顔をウィルへと向けた。
「どういうこと? 」
「何でもいいんだ。キッドの顔とか、背格好とか、特徴とか、何でも! 」
首をかしげるレナに、ウィルは必死に懇願(こんがん)する。
どうやら、本気で言っている様だった。
レナは、思わず吹き出して笑ってしまった。
「キミ! まさか、キッドがどんな人かも知らずに探していたってワケ? 」
楽しそうに声を震わせて笑っているレナを前にして、ウィルは恥ずかしそうに頬を赤くし、顔をうつむけた。
そんなウィルに、レナはまだ笑いながらも、「ごめん、ごめん」と謝る。
「確かに、この星は辺境だものね。なかなか、情報も伝わってこないものね」
レナが言うとおり、惑星サンセットは、人類社会の中の辺境にあり、情報から隔絶された場所だった。
人類は地球に暮らしていたことから情報ネットワークを発達させ、太陽系を中心として銀河系の各恒星系に進出させた後も、その結びつきを保っていた。
しかし、戦争に敗れ、情報ネットワークの中枢であった太陽系を失った後、人類社会全体に広がっていたネット、サイバー空間はそのほとんどが消失してしまった。
ネットワークを結びつける最大の結節点を失ったことで、人類社会のネットワークは各所で寸断され、そして、太陽系喪失後の人類はそれを再び結びなおすだけの力を持っていなかった。
こうして、サンセットのような辺境の惑星は、人類社会の情報ネットワークから切り離され、隔絶された。
「だから、キッドのこと、教えて欲しいんだ。お姉さんは、宇宙をあっちこっち旅してきたんでしょう? だから、キッドのことにも詳しいんでしょ? 」
「まぁ、そうね。追うと決めた相手だから、それなりに調べてはあるわ」
恥ずかしさを乗り越え、必死に頼み込んでくる少年に、レナはいたずらっぽく笑う。
「でも……、お代は、高くつくわよ? 」
その言葉に、ウィルは「ぅっ」と小さく呻き声漏らす。
どうやら、彼の懐(ふところ)事情はなかなかに「お寒い」様子だった。
「い、いくら? 」
「さて、どうかしら? これも人生経験よ、キミ、いくらなら出せるかしら? 」
あからさまに困っている少年を、レナは楽しそうに見ている。
「ごめんなさい、お姉さん。僕、あんまりお金は持っていないんだ……。だけど、その代わり! お姉さんを「おもてなし」するよ! 」
「あら? 「おもてなし」? いったい、何をしてくれるのかしら? 」
「お姉さんがこの星にいる間、僕の家を好きに使っていい。古い農場だけれど、住んでいるのは僕とじーちゃんだけだし、部屋はたくさんある! 」
「確かに、ホテル代はそこそこお金がかかるものね。でも、それだけかしら? 」
「お姉さんがうちに泊まっている間は、僕がお姉さんの用事をこなすよ。食事も僕が毎日作る!! 」
「へぇ、キミが、料理してくれるの? 美味しいのかしら」
「じーちゃんは、「上達した」って言ってくれたよ」
レナはウィルのことをからかって遊んでいるだけのつもりだったが、ウィルは真剣そのものだった。
(ちょっと、やり過ぎだったかしら? )
ちらりと、レナの心の中に罪悪感が芽生える。
この銀河には、あまりにも無法者たちが多すぎる。
乱暴者、卑怯者、嘘つき、功利主義者、自己中心主義。
取り締まれるだけの力がないせいで、あちこちでやりたい放題だ。
レナはその無法者たちを少しでも多く退治し、銀河を少しでもきれいにするために賞金稼ぎをやっているが、反対に、正直で真面目な人間は好きだった。
そして、レナが見るところ、ウィルはその、レナが好きな部類に入る性格をしている様だった。
「……いいわ。その条件で、キッドの情報をあなたに教えてあげる。包み隠さず、私が知っていることは全部、ね」
「本当!? ありがとう、お姉さん! 」
ウィルはレナの返事に、前髪の奥に隠れた瞳を輝かせた。
それから、「車を取ってくるね! お姉さんんは、待っていて! 」と言い残し、駆け去っていく。
「……なかなか、いい子じゃない」
あっという間に駆け去って行ったウィルが消えていった街角を眺めながら、レナは両手を腰に当てて、興味深そうな笑みを浮かべた。
正直、レナは、「とんでもない惑星に来てしまった」と、ここ、サンセットについて、あまり良い印象を持っていなかった。
高額の賞金首であるキッドを捕らえるためとはいえ、レナが好きなおしゃれなレストランなどどこにもないような、辺鄙(へんぴ)な田舎に長期間滞在することは、決して嬉しいことではない。
だが、ウィルのおかげで、少しだけ、サンセットでの滞在は楽しいものになりそうだった。
何しろ、レナはキッドについての情報提供の見返りとして、無料の部屋と、食事つきの宿を手に入れることができたのだ。
ちょっとからかうだけのつもりだったレナは、「ウィルに悪かったかな」と思いもしたが、しかし、ウィルの提案を断るつもりにもなれなかった。
ウィルの家は恐らく貧しい家で、部屋も食事も豪華なものではないだろうが、ウィルの真面目な性格から言って、少なくとも清潔で手入れが行き届いているには違いなかった。
「乗って、お姉さん! 」
やがて、ウィルは車に乗ってレナを迎えに戻って来た。
どこでも一般的に使われている、AIによる自動運転が可能な電気自動車だ。
オープントップタイプのその車は使いこまれた古びたものだったが、よく手入れがされていて、ウィルの生活ぶりがうかがい知れた。
「ええ、お願いね、ウィルくん」
レナは「思いがけず、いい取引だったわね」と内心で喜びつつ、ウィルの車の後部座席に腰かけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます