第14話「老人」

 車は自動運転で、レナとウィルを乗せて街外れへと向かって行った。


 車は古びていたが、手入れが行き届いていてよく走った。

 サスペンションもよく働いていて、舗装されていない街外れの道でも不快にはならないだけのクッションを発揮している。


「ねぇ、ウィルくん、どこまで行くのかしら? 」


 レナは吹き抜けていく風に髪をあおられない様に手で押さえながら、運転席にいるウィルへとたずねた。

 風に負けない様、大きな声だ。


「もうつくよ、お姉さん! 」


 そして、ウィルがそう答えるのとほとんど同時に車は速度を落とし、街へと続いている幹線道路から外れて、脇道へと入っていった。


 ヘッドライトに照らされる範囲しか分からなかったが、そこはどうやら、街外れの農場の様だった。

 牧畜も営まれていたのだろう、放牧地を区切る柵が並んでいる。

 だが、動物の姿はなく、柵も古びた壊れかけのものばかりだった。


 動物がいないのは夜だからというわけでは無く、本当に住んでいない様子だった。


(少し、信用し過ぎたかしら? )


 レナは、少し不安になって来た。


 うら若い女性を人気のない街外れに連れ去る。

 よく聞くような犯罪だ。


 レナは数名の悪漢程度であれば自分1人で対処する自信はあったが、できれば避けたいトラブルに自ら首を突っ込んでしまったのかと、自分の判断を後悔し始めていた。


 だが、レナの心配は杞憂(きゆう)だった。

 2人を乗せた車は、明かりの灯った農場の家の前で停車し、そこにはレナを罠にはめようとする悪漢たちの姿は1人も無かったからだ。


 その代わり、家のテラスに、1人の老人がいた。

 白髪でしわくちゃの肌を持った男性で、安楽椅子に腰かけ、窓越しに家の中から明かりで照らされ、椅子を前後に揺らしながらぼんやりと夜の景色を眺めている。

 脚が悪いのか、安楽椅子の近くには杖が立ててある。


「じーちゃん、ただいま! 」


 車から降りたウィルは玄関に向かって駆けながら、その老人に帰宅を告げた。

 老人は伏せていた視線をあげ、車から降りようとしていたレナの姿を見て、次いで、ウィルに視線を送り、笑顔を作る。


「おお、ウィル、お帰り。今日はずいぶん、遅かったじゃないか。……その人は? 」

「レナ・ノービリスさん。賞金稼ぎなんだって。キッドを探しにここまで来たんだけれど、酒場でちょっといろいろあって、しばらくうちに泊まってもらうことになったんだ」

「へぇ……、賞金稼ぎ、ねぇ」


 老人はウィルの説明に何度かうなずき、それから、自身の目の前までやって来たレナに再び視線を向けた。

 少し、レナのことを疑っているというか、警戒している様な視線だった。


「こんばんわ、おじいさん」


 レナは、特に気分を害したりはしなかった。

 街中でスリに遭ったばかりだったし、宙賊たちがはびこる銀河に中でも辺境にあるこの惑星サンセットの治安は、決して良くないと分かっている。

 老人が見知らぬレナのことを警戒するのも、仕方のないことだった。


「じーちゃん、今から夕飯を準備するから、もう少し待っていて! あと、お姉さんも、部屋を準備するから、待っていてね! 」

「おう、ボウズ。美味いのを頼むぞ」

「ええ、ウィルくん。慌てず、ゆっくりでいいからね」


 老人はレナから視線をそらさないままそう言い、レナは愛想よく手を振りながら、家の中へ消えていくウィルを見送った。


「お嬢さん、賞金稼ぎなんだって? この星には、いったい、何をしに? 」


 それから老人は、レナに鋭い視線を向けた。

 よく見ると、その老人は左半身をサイボーグ化されており、首の辺りまで金属の肌が見えている。


「はい。人類連合政府公認の賞金稼ぎ、レナ・ノービリスと申します」


 レナは、なおも警戒をしている老人に向かって、礼儀正しくスカートの端をつまんで軽く膝を折って挨拶をした。


「この星には、伝説とも言われる宙賊、キッドを追って参りました」

「なるほど、キッドか。そりゃぁ、大した大物だ。で? どうして、うちのボウズと? 」

「酒場で他の賞金稼ぎとケンカになりそうになっていたのを止めてもらって、その後、私がスリに遭いそうだったので、心配して見に来てくれました。ウィルくんも、キッドを探しているそうですね? こちらへは、ウィルくんに私が知っているキッドについての情報を教える代わりに、お世話になれることになりました」

「そうかい。……よく、分かったよ」


 そう言った老人は、レナへの警戒心を解いたのか、「まぁ、こっちに来な。ゆっくりくつろいでくれ」と言い、安楽椅子を前後に揺らすのを再開した。

 家主にゆっくりくつろいでくれと言われて、無理に遠慮することもない。レナは老人に「ありがとうございます」とお礼を言うと、テラスへと上がり、ウィルが呼びに来るまでそこで老人と雑談しながら待つことにした。


「自己紹介がまだだったな。俺の名はアウス。ウィルの育ての親だ」

「ありがとうございます、アウスさん。……ところで、ここは農場、ですか? 暗くてよく見えなかったのですが、少し、寂しいところですね? 」

「ああ、正確には、農場「だった」、だな。何年か前にやめたんだよ。年のせいで、すっかり身体が弱くなっちまってな。機械の部分もガタが来てる。前は動物もたくさん、従業員も何人もいたんだが、動物は売って、従業員には金を分けて自立してもらった。今は、あのボウズと2人でのんびり暮らしてる」


 レナの質問に答えた老人は、そこまで話して、突然、「ありゃ、何だ!? 」と、暗闇の向こうを指さした。


「えっ!? いったい、何です!? 」


 レナは反射的に姿勢を低くし、ホルスターに納められている銃へと手を伸ばしながら、暗闇の向こうを見透かすように鋭く双眸を細め、感覚を研ぎ澄ませる。


 だが、その直後、レナは「あひゃぁっ!? 」と、初心(うぶ)な乙女のような悲鳴をあげた。


 レナの太腿を、老人の手が触ったからだ。


「おっほっほ、ええのう、ええのぅ、ピチピチじゃのぅ」


 老人は、だらしなく相好(そうごう)を崩しうっとりとしながら、レナの太腿(ふともも)を撫(な)でまわしている。


「こんのっ、すけべジジイッ! 」


 レナはそんな老人の頬を、振り返りざまに平手打ちにした。

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