第12話「ウィル」

 その、酒場でキッドの情報を探していた少年の姿を見て、レナは怪訝(けげん)そうな顔をする。


「あなた、どうして、ここに? まさか、この小男とグルってわけじゃないでしょうね? 」

「違うよ。……お姉さんの後に続いてその男の人が店を出ていくのを見て、なんだか嫌な予感がしたから、注意しに来たんだよ。……間に合わなかったし、必要もなかったみたいだけど」

「ふぅん? それは、お気づかいどうも。手、下ろしてもいいわよ」


 レナは、少年の説明を鵜呑(うの)みにしたわけでは無かったが、格闘の構えを解いた。

 少年はほっとした様にため息をつき、あげていた両手を下ろす。

 それから、長い前髪の奥から、感心したという視線をレナへと向けた。


「それにしても、お姉さん、強いんだね! あんな一瞬で、その人を倒すんだもの、驚いちゃったよ! 」

「ふふん、まぁね」


 少年にそう言われてまんざらでもなく、レナは得意そうに胸を張った。


「こう見えて、私、けっこう強いのよ。あの毒蛇(ヴィーペラ)団の3人組にだって、負けやしないわ! 」

「あ、あはは、き、きっと、そうだよね」


 だが、少年の反応は曖昧だった。

 あからさまな愛想笑いに、レナは、少し不機嫌になって唇を尖らせる。


「何よ? 今の、キミも見たんでしょう? 私のこと、信用しないの? 」

「えっと……、その……、お姉さんが強いってのは、うん、そうだと思う」

「何か曖昧(あいまい)な言い方ね。はっきり言いなさいよ、聞いてあげるから」


 レナは、正直に、思ったことを口にできる人間の方が好みだ。

 そして、その逆の人間は、あまり好きではない。


 不機嫌なレナに詰め寄られた少年は、あたふたと視線を左右にさまよわせていたが、自分の考えを話さないと納得しそうになりレナの様子を見て、観念したように話し出す。


「あの……、僕の見立てだと、その、レナさんが言う毒蛇(ヴィーペラ)団の人たち、けっこう、強いと思うんです」

「へぇ? どうして、そんな風に思ったの? 」

「その……、物腰、とか。スキンヘッドの人は威張っている風に見えるけど動きに隙が無くて、何かあればすぐに反応できるように気をつけていたと思う。モヒカンの人は、ほとんど足音がしなかったから、暗殺とか闇討ちとか、そういうのが得意なんじゃないかと。それに、太った人も、椅子から立ち上がる時の動きが素早かったから、ああ見えて、中身はかなり動けるんだろうな、と」

「なるほどねぇ。キミ、けっこう、よく見ているのね」


 レナは、少年の観察力に感心して頷いた。

 レナも、毒蛇(ヴィーペラ)団の2人組が簡単な相手ではないと思ってはいたが、少年はレナよりもよく3人の動きを観察していたようだった。


「ま、せいぜい、トラブルは避けるとしましょう。……とりあえず、コイツは警察を呼んで引き取ってもらわないとね」


 予想外に物事をよく見ていた少年の言葉に感心し、期限を良くしたレナは、地面に伸びたままになっている小男のために警察を呼ぶことにした。


 警察は、数分でやって来た。

 サンセットでも重要な施設である宇宙港のすぐ近くであるということもあり、治安機関の反応も素早い様だった。


 小男は逮捕され、手錠をかけられてパトカーへと乗せられた。

 レナはその場で警官から事情聴取を受けたものの、ことのあらましを見ていた少年の証言と、小男には数件の余罪、十件以上の容疑がかけられていたことから、聴取はそれほど長くはかからなかった。


 警官たちはレナが人類連合公認の賞金稼ぎであったこともあり、レナに連絡先だけを聞いて、短時間で解放してくれた。


 回転灯をつけて走り去っていくパトカーを見送った後、ベルーガに帰ろうと再び歩き出そうとしたレナは、その場に少年がまだとどまっていることに気がついて少し驚いた。


 少年は事件の目撃者で、レナのためにきちんと証言をしてくれたのだが、少年への警官たちの用事はそれで全てことが済んでいたはずだった。

 だからレナは、少年はとっくに家に帰ったものだと思ったのだ。


「キミ、こんな夜遅くまで出歩いていて、家の人に怒られるんじゃないかしら? 」


 叱る様な口調のレナに、少年はムッとした顔をする。


「僕はもう働いている、自立した人間なんだ。それに、僕にはウィルっていう名前がある。キミっていう名前じゃない」

「あら、ごめんなさいね、ウィル」


 レナはその少年、ウィルの抗議に、素直に謝った。

 自分自身、家を飛び出して自分自身の生き方を貫いている身だったから、自立心を持った相手には相応の礼儀を持つべきだとレナは思っている。


「それで、ウィル。まだここに残っているっていうことは、何か、私に用事でもあるんじゃないの? 」


 それからレナは、少し前かがみになって、少年に優しい口調で話しかける。

 気の強いレナだったが、基本的に、年下には優しい。


 ウィルはレナに用件を打ち明けるのを躊躇(ちゅうちょ)している様だったが、レナはウィルが話し始めるのを、軽く首をかしげながらしっと待っていた。


「お姉さん、キッドを探しているんでしょう? 」


 やがて、ウィルは、意を決したように口を開いた。


「ええ、私はキッドを探しにこの星へ来たの。ここにいるっていう噂だからね」

「じゃぁ、お姉さん、キッドに詳しいんだよね! 」

「ええ。それなりには」


 レナの言葉を聞いて瞳を輝かせる少年に、レナは頷いて見せる。

 そんなレナに、ウィルは、意外なことを言った。


「なら、僕に、キッドがどんな奴なのか、教えて欲しいんだ! 」

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