第5話ジュピターメタル〔弐〕

鬱蒼とした密林の中を進んでいく、VRとわかっていてもこの蒸し暑さ、そして泥に足を取られる感覚は決して良いものではない。


「これより、敵制圧圏だ。音響センサー、サーマル、心拍センサー、一人一人必ず仕留めろ。サプレッサーを忘れるなよ、音でばれるからな。特に花菜、俺がアイズしたら」


「きゃ!」


バン


「お前ら、、、逃げるの速すぎだろ」


後ろを向くと、涙を浮かべる花菜以外誰もいなかった。啓も、未来准尉も剛少尉もいない。残されたのは疫病神だけだ。


「良いだろう、なら殺ってやるよ。一人残らず仕留めてやる」


銃弾が顔の横を飛んでいく。俺はただ生存本能に従って、敵兵士に向かって引き金を引いた。


「ぶ」


ダン!ダ!ダン!


1発1発を無駄にしないよう敵兵士の何処かしらに命中させる。ミスれば俺も死ぬ。


「せっ、先輩」


「喚くな!」


花菜の頭を抑えて地面につける。勢い余って顔を傷つけてしまったが、もとはと言えばこいつの責任だ。


「うえぇぇん!先輩、弾が出ませぇん」


唖然とするのも束の間、花菜のライフルを取り上げ、俺のライフルを押し付ける。どうやら排莢機構に問題が起こったようで、給弾が上手く行かなかったようだ。現状、直す暇はない。ハンドガンを構え、銃剣を構えながら突撃してきた敵に向けて発泡した。正直、馬鹿らしいが、今は武器が手に入った事を喜ぼう。そこから花菜と共に銃撃戦を繰り広げ、俺は腕と足を負傷して戦闘は終了した。


「先輩、大丈夫ですか?」


「お前は俺に殺意を抱いている事ははっきりわかった。本当に近付くな」


「ううぅ、ごめんなさい」


腹立たしい事は目の前で俺の治療をしている花菜はろくに戦闘をしていない事だ。俺の足の負傷に至っては敵に撃たれたのではなく、花菜の援護射撃の結果だ。足を撃ち抜かれ、動く事のできない俺は利き腕である右腕を撃たれた。左腕でハンドガンを撃つが、片手という事もあり反動に耐えられない。命中したのが奇跡としか言いようがない。


「龍馬、大丈夫だったかい?」


「貴様ら、敵前逃亡で射殺してやろうか?」


「すみません、龍馬中尉。後方から敵の別動隊が出現にそちらとの交戦を余儀なくされました」


確かに、見れば少なからず治療の後があり、戦闘服にも血が滲んでいる。戦闘があったのは確かだろう。でも、それでも俺とこの疫病神を一緒にしたことに対しては許せない。


「花菜ちゃん、僕と未来に任せてね。 龍馬、切り開くよ」


「龍馬さん、麻酔無いので我慢してくださいね」


激しい痛みが俺を襲う。体に残っていた弾薬を二人に摘出され、治療は完璧に終了した。


「先輩!見てくださいよ~!ドールですよ~!」


「あん?」


啓に肩を貸してもらい、花菜の言う方向をスコープで覗く。敵の拠点はドール6機に守られていた。


「あれは亜細亜連合製黄龍(ファンロン)だと?ふざけるなよ、生身でアレを相手しろだと?」


「武装はUM5火炎放射機に後は120mm散弾とクラスターグレネードぐらいでしょうか?」


「内臓武装として7.62mmマシンキャノンがあるはずだ。歩兵を仕留めるには十分だろうよ」


敵は完璧に密林戦仕様の兵装だった。もともとドールにはサーモや音響センサーが搭載されている。バレたら終わりだろう。


「待てよ、剛少尉。爆薬は持っているか?」


「はい、有りますがどうするのですか?」


「奴等の拠点は下にあり、回りは木だらけ。しかも、密林という事もあり地盤はぬかるんでいる。地滑りぐらい起こせるはずだ」


「しかし、そこまで大量の火薬は持ち運んでいませんよ。第一、何処を爆発させるのですか」


俺はもう一度、敵拠点の位置と周囲を確認した。すると、左の1ヶ所に岩が敷き詰まった場所を見つけた。ギリギリのバランスで保たれているようで、あそこを爆破すれば効果的に被害を与えられるだろう。ただ、岩肌という事もあり、拠点からは丸見えだ。右にもあるが、木が生い茂っており上手く土砂崩れを起こさないければドールの警戒を誘い山狩りの始まりだ。


「左は俺が爆破する。右はお前たち4人でやれ、幸いC10なら2つある。位置を間違えない限り、効果はあるはずだ」


「先輩!なら私も」


「お前は来るな!疫病神!邪魔なんだよ本当に、、、剛少尉、分隊の指揮権を一時委ねる。作戦に従い、それぞれの行動を開始せよ」


「「了解」」


さっさと分隊と別れ、目的地へと向かう。


「有敌人吗」


「找不到」


亜連語だと直ぐにわかった。今は2人だけ、今なら殺れる。


「はぁ、、、はぁ、、、」


「嘿,我要回基地了」


「「了解」」


兵士達は消え、俺だけが残った。助かった、素直にそう思ったんだ。足の痛みを我慢しながら岩の上を進んでいく。


「あっ!」


足がもつれ、岩肌を転がり落ちる。治療した腕と足からも、もう一度出血が起こり痛みも余計に増していく。


「ここで、、、1個あと彼処だ」


「中尉!中尉!聞こえますか?!」


「あぁ、聞こえる」


「此方は設置完了です。中尉は」


「此方も設置完了だ」


嘘だが、まぁ良いだろう。どうせ足手まといになるだけだ。


「3,2,1,爆破!」


「なに!」


剛たちの方が爆発したが、此方の爆発は起こらなかった。スイッチを何度も何度も押すが、爆発は起こらない。


「中尉早く爆破を!」


「駄目だ!起爆装置がイカれた。C10の起爆ができない!」


「中尉、此方も予想よりも土砂が少なく!敵がそちらに向かっています!」


下から歩兵とドールが上がってくる。逃げ場はない、応戦するしかない。


「中尉、逃げて下さい!啓少尉がC10を狙撃します!」


「なに?!」


「敌人发现!」


「射杀!」


「るせぇぞ、るぁぁぁぁ!」


ドドドドドドドド


弾薬の消費はもう気にする必要はない。後は逃げるだけで良いからだ。左腕で撃っている為に当たるはずもない。足を引きずりながら早く逃げようとする。


カチ カチ カチ


「クソガァァァ!」


バン バン バン


ライフルの弾が尽き、なけなしのハンドガンで応戦する。もう爆破範囲からは離れている。後は運だけだ。


「撃てぇぇぇぇ!啓ぇぇぇぇ!」


1発の銃声と爆発音が辺りに響く、それと同時に岩肌は崩れ始め大規模な崖崩れが起こった。ゴロゴロと上から岩が転がり落ちてくる。俺は自分の運を信じてただ前にすすむ。


バオン!


目の前の岩に大きな穴が開き、俺は思わず振り替える。落石に挟まれながらも此方に散弾を向けるドールの姿があった。煙も吹いていて今にも爆発しそうだが、俺だけは道連れにするきのようだ。


「冗談じゃあねぇよ」


照準機もまともに動いて無いのか、俺には命中しない。だが、拡散した1つがもし体に当たれば俺はお陀仏だ。崖崩れもまだ収まってない、散弾にぶち抜かれるか岩に押し潰しれるか、2つに1つだ。


「なんでだぁぁぁ」


足を滑らせて斜面を滑り落ちる。落ちた先はこれから崖崩れに巻き込まれる拠点だった。


「車!」


一か八か、車が動けばここから脱出できる。

俺はキーを確認して、刺さっているのを見た。喜びも束の間、右腕が使えない為、左腕でキーを回しエンジンをかける。


「おっしゃぁぁぁ」


車は急発進し、落石を回避しながら密林を進む。ある程度拠点から離れると、急に俺の視界はブラックアウトした。一定時間経ち、missioncompleteの文字で現れ、VRは終了した。


「お疲れ様です。生存者は4人、上々の結果ですね最高難易度クリアおめでとうございます」


「え?全員生還しましたよ?」


花菜が躊躇いなくそう口にする。一回殴りたいが、部下をなぐるのは兵士の風上にも置けない屑だ。


「龍馬中尉が亡くなりました。出血死です、まぁ花菜准尉が肩と足の動脈を撃ち抜かなければ、死ぬことはなかったでしょう。花菜准尉は今すぐ分隊からの離脱を推奨します」


「え?扶桑、おかしいよ私は先輩を助けたよ?!」


「行動の不備及び指揮官への誤射、貴女の存在は分隊の足枷のような物です。龍馬中尉、花菜准尉を抜いて別の任務をお願いします。難易度は同じ最高難易度での拠点制圧及び敵兵士の殲滅戦です」


「扶桑!なんで違うのよ!」


「先程よりも難易度は上がりました。それを4人で遂行して貰います」


扶桑に言われた通り、最高難易度のミッションはやりがいがあった。しかし、分隊としての連携も取れ、40分でミッションは完了した。さっきのが1時間かかった事を考えると、とてもスムーズだ。


「どうですか?貴女がいないのにも関わらず難易度が上がったミッションを20分も短縮してクリアしました」


驚いたのは扶桑の毒の吐き具合だ。俺にはこんなのを見せた事はない。疫病神は今にも泣きそうな雰囲気だった。


「先輩!先輩は私が足手まといなんて」


「いや、十分足手まといだろ。作戦はぶち壊す、俺は撃つ。正直、俺はお前が分隊に来ると知っていたら連隊長に移動願いを出していた。分隊長になってしまった手前、それはできないがな」


正直に思った事を口に出したが、未来准尉からの視線が痛い。花菜准尉が目の前で泣いているが、なぜ気にする必要があるんだ?


「分隊長って最低な男ですね」


「生憎だが、疫病神に気を使うつもりはない。分隊各員、これにて訓練終了だ。明日は0930から連隊として訓練が行われる。忘れるなよ」


ペンキで汚れた制服を着ながら俺は自室に帰った。強力洗剤を使って洗濯するはめになったが、落ちてくれて良かった。


「扶桑、以外だな。お前が彼処まで言うとは」


「分隊の戦力の低下理由は排除すべきと考えますが、龍馬中尉は違うのですか?」


「いや、違わない。無駄な事を聞いてしまった。ありがとうな扶桑、俺が言っていたら処罰される所だった」


新しい制服に着替え、自室から出る。そして、食堂へと向かった。今日は金曜日と言う事で戦艦扶桑特製カレーだ。


「今回も1/50で激辛扶桑カレーが入ってる!兵士ども!残さず食えよ!」


「「はい!」」


ここの料理長は辛いもの好きで毎日一つだけ激辛カレーを作る。だがアレが旨いんだ、激辛でありながら決して食えないわけでなく、むしろ何故か〔いける!〕と評判で当たれば運がある。と一種のくじ引きみたくなっている。


「席は、、、」


「あら、リョウ。席なら有るわよ」


「マリンさん、隣失礼しますね」


マリンさんの隣に座ると、大抵視線がくる。しかも何故か嫉妬ではなく生暖かい視線が。嫉妬心があるのならそれを剥き出してくれた方がありがたいし、なんなら殺意を受ける方がなれているが、これだけは慣れない。


「あと、この前の返事だけど、、、ごめんなさい。まだ、考えさせて」


ガチャン


「すっ、すみません。スプーンを落としてしまいました。洗ってきます」


正直、いきなり切り出されるとは思ってなかったな。そして、俺の心がどれだけ脆いのかを再認識させられた。


「マリンさん、すみませんでした。先程の話しは肝に命じておきます」


何か話そうと思ったのだが、そんな気も起きず俺は夕食をただ黙々と食べ、直ぐに席を離れた。


「すみません、先輩!元気ですかぁぁあ!助けてくださぁぁあい!」


「あ?」


無重力状態じゃない。重力発生装置が機能している状態でカレーが宙を舞っている。そしてそれは目を開けたままの俺の顔に降り注いだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


「な!おい、龍馬中尉!しっかりしろ!誰か!タオルもってこい!後は水だ!大車先生達にも連絡だ!」


このとき俺はマリンさんとの話よりも、疫病神への憎悪を募らせた事で悲しみは吹き飛んでいた。








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