第197話 アルト

「ダメ、させない!」


動くことのできないセインへと止めを刺す為そちらへと歩きだとうとすると、正面にシャーロットが割り込んできた。


「どけ」


「きゃあ!!!」


その両手を広げ、こちらを睨むシャーロットの体を適当に薙ぐ。


まともにそれを食らったシャーロットは、どこか遠くの方へと飛んでいった。一応手加減はしたが、最悪死んでいても良い。どうせ、早いか遅いかの違いだけだ。


バンッ!!


その直後、耳元で鈍い音が鳴った。


「…何のつもりだ」


その耳元では、俺の右手が唐突に振ってきた一塊の拳を受け止めている。その拳を放ってきたのは———


「主がその道を誤ったとき、それを制止するのが臣下の役目と聞いたの、で!」


魔王の家臣である七魔仙、その残り一人となったメモリアだった。


拳を受け止められた彼女はそう言うと、即座にその拳を軸として俺の顔面へと鋭い蹴りを放った。


ガッ!!


「…面白い。だが、遊ぶのは後だ。メモリア、お前は強い。しかし———動くな」


「ッ!!」


その蹴りを左腕で受け止めた俺は、メモリアの目を真っ直ぐに見つめてそう命令をする。

すると、彼女の体はその命令に従うように一切の動きを止めた。


「俺とお前の間には越えられない主従の関係がある。そこで黙って立っておけ」


そうメモリアへ命令を下し、俺が再度セインの方へ向き直ろうとすると、


ガッ!!!


そんな金属と金属が擦れ合うような音が鳴った。


「…本当に、邪魔が多いな。ヴァルス、お前では俺に勝てない」


「ぐゥッ…」


メモリアに引き続き俺へと斬りかかってきたのは、真っ赤な髪をたなびかせた美丈夫——ヴァルスだった。その表情からは強い焦燥が見て取れる。


「セイン兄様!」


そして俺がその剣を受け止めている隙を突き、セインの元へはアイラが駆け寄る。


彼らは別室で待機させていたはずだが、俺の異変を知ってここまで駆けつけてきたか。

まあ良い、雑魚が増えただけだ。


「ヴァルス兄様!?何故ここに…死んだはずでは…」


「イヴェル、詳しい話は後だ!今は魔王を止めることが先決だ!ここで彼を暴走させるわけにはいかない!」


死んだと思っていたヴァルスの姿を見て、イヴェルが強く叫ぶ。


死んだと思っていた兄と妹の再会。本来なら感動すべき場面なのだろうが、今の俺にはそんな感情は全く湧いてこない。一体何故だろうか。


「暴走…?魔王は元々世界を滅亡させることが目的のはずじゃ…」


「それは違います!彼の真の目的は世界の滅亡などではなく、むしろその逆です!彼の目的は———」


状況を飲み込めていないのであろうアーネの戸惑ったような声に、アイラは説明をしようとするが残念ながらそれは少し古い情報だ。


「アイラ、それは既に過去の話だ。今の俺は、お前達が思い描く通りの魔王カトウで間違いない。———そろそろどけよ」


「ブフッ…」


アイラへ向けて勘違いをしないよう伝えた後、俺は正面で剣を構えるヴァルスの隙を突き、その腹へと拳をめり込ませた。


それをモロに食らったヴァルスは大きく前のめりの体勢となり、呆気なく地面へと沈む。



「——ッ!!、させません!セイン兄様の為にも、貴方の為にも!ここは絶対に通しません!」


ヴァルスを沈めた後更に歩みを進め、セインまで残り5m程となった。


すると、彼の看病をしていたアイラがシャーロットと同じようにその両手を大きく広げて進路を塞ぐ。


「邪魔だ」


こんなお遊びに付き合っている暇はない。

相手をするまでもない、そう判断した俺が平然とアイラの横を通り過ぎようとしたとき、


「アルト!止まれ!」


腰に何かが強くぶつかるような衝撃を感じた。


そちらへ目を向けると、そこには腰に力強く抱きつく赤髪の少女の姿があった。


いや、抱きつくというよりは、へばりつくの方が表現的にはあっているか。その腰にへばりつく少女からは絶対に離さないという強い意志を感じられる。


——その光景に既視感を覚える。あれは聖王国。イヴェル達へ決別を告げた俺へ彼女は威圧を無理矢理に破り、今みたいに腰に抱きついてきたっけ。あのときの縋るような顔と比べて、今の彼女には強い決意を持った顔をしている。あれからもう1年半も経つのか。


……歩きにくい。すぐにでも決着を付けたいこの状況で、これは意外とストレスだ。力づくにでも、この少女を剥がすことにしよう。


「その名前は既に捨てた。俺の名前は魔王カト——」


「アルト様!ダメ!」


そう思い振り上げた俺の右腕に、また新しい何かがくっつくような感覚があった。

そちらへ目を移すと、その右腕には金髪碧眼のエルフの少女が張り付いている。


——この光景にも見覚えがある。エルフの里を目指して亜人の森を散策していたとき。初めは背中に張り付いていた彼女だったが特にすることもなく暇だったのか、途中から身体中を器用に移動し始めた。その結果、俺の右腕にへばりついて胸を背もたれとするポジションが彼女のお気に入りとなっていた。


…一体なんなんだ、こいつらは。何をするかと思いきや、力の限り抱きついてきているだけ。ただの時間稼ぎにしかならないだろう。

まあ良い、まだ左手がある。適当に魔法でも打って引き剥がそう。最悪、死んでしまっても構わない。


「止まってください!———アルトさん!!」


そう思い、空いていた左手の掌を右手にへばりつくエルフの方へ向けたとき、また新しい何かが衝突する感覚があった。


煩わしいその感覚に少し苛つきながら目を向けると———そこには、淡い茶色の髪に水色の瞳を持つ少女がへばりついていた。


「ッ!?」


その少女の姿を認めたとき、体は一瞬だけ硬直する。


——何故、彼女が。俺の名を。それらの記憶は完全に消去したはずなのに。


「「「アルト(様)(さん)!!!!」」」


俺の体にへばりつく3人は必死にしがみつきながら、再度そう叫んだ。


———アルト、か。なんだか懐かしい響きだ。こんな姿になった俺を見ても尚、彼女達はその名で呼んでくれるのか。


ブンッ!!!


「ブッ!!」


と、そのとき。動きを止めていた俺に対し、その真横から強く固められた拳が飛び込んできた。


その拳は、その存在に気が付けなかった俺の頬に強くめり込み、顔を強く殴り飛ばした。



それの飛んできた方を見ると、そこには。


「———やっと、届いたよ。この拳が」


その拳を握りしめ、積年の怨みを果たしたような顔をしたシエルが立っていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「シ、シエルさ——」


「うん、やっぱり一発じゃ足りないや」


「ブッ、」


ジンジンと痛む頬の感覚を覚えつつシエルの方へ顔を向けると、無駄に眩しい笑顔を向ける彼女はその拳を無抵抗の俺へと次々に着弾させた。


「これはイヴェルちゃんの分。で、これはアーネちゃん。更にこれが、オリアちゃん。そして最後に、私の分」


「ガッ、ブッ、バッ、」


顔を執拗に狙い何度も振り下ろされるその拳に何も考えることが出来ず、俺はされるがままになる。


「———ふぅ、まあこんなものかな。…ねぇ、アルト君」


そのように数回に渡って顔面を殴り続けた後、彼女は赤くなった俺の頬をその両手で優しく包み込み、更に話を続ける。


「君が今、どんな思いで何を考えているかは私達には分からない。だけど、イヴェルちゃん達は魔王になった後でも君のことを信じ続けてきた。だから、私達は今ここにいるの。私たちは君の力になれる。君が助けてって、そう言えば私達は君を助けてあげられる。だからアルト君、戻ってきてよ」


そう言って俺を見つめるシエルの顔は、まるで慈愛に満ち溢れたシスターのようだった。


彼女に懺悔をすれば、どんな罪でも赦されるような気がして———




————あともう少しで、彼女達の元へ戻ってしまうところだった。



「——発」


小さくそう呟くと、俺を中心として大量の闇の魔力が同心円状に放出される。


勿論、体にしがみついていた3人はおろか、シエルでさえも乱暴に遠くの方へと吹き飛ばされる。


「ど、どうして…?」


「シエルさん。貴方の言いたいことは分かりました。そして、それらが事実だと言うことも。———しかしだからこそ、俺はここで戻るわけにはいかないんです」


乱暴に地面へと吹き飛ばされあり得ないとでも言いたげなシエルへ、俺は彼女達の元へ戻らない旨をはっきりと伝える。



きっと、彼女の言ったことに嘘はないんだろう。現に彼女達は魔王の姿となった俺のことをアルトと呼んでくれて、自らの命を顧みずに暴走を止めてくれた。実際、俺はそれに深く感動してしまったし、何よりも嬉しかった。



しかしだからこそ、戻ってはいけないのだ。



「メモリア、さっきは悪かった。当初の目的の為、また力を貸してくれ」


「———仰せのままに」


一旦俺は命令でその動きを封じられていたメモリアの元へと戻り、一度謝罪をする。

それを受け入れた彼女は一度頷き、当初の予定通りの配置についた。


「しかし、シエルさんの言う通り、自らの願いを口に出すこと必要だと思いました。ですから、皆さん。俺からの最後のお願いです」


そんなメモリアを見送り、俺は呆然とするシエル達へ再度向き直る。



今のやり取りで確信に変わった。


きっと俺は自分のことをここまで信じてくれている彼女達のことを殺せない。だから俺が本気で世界を滅亡させるプランは無しだ。


その上で、当初の目的を達成させる為に彼女達へと頼みたいこと。それは———



「———俺を、殺してください」

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