第196話 新事実
「おいおい、もう終わりか?」
セイン達、勇者一行がここへ来てから30分ほどが経過しただろうか。
1年と半年ぶりに会う旧友との再会を果たし、みんな成長したなぁなどと、我が子の成長を喜ぶ親のような気持ちに浸っていた俺は———床に横たわったまま動こうとしないセイン達へそう問うた。
「う……ぐッ…」
それに対しセインらは、ただの呻き声しか返さない。
むー、これは困った。
現時点で俺の実力がセイン達のそれを上回っていることは、元々想定済みだ。何故なら物語等で勇者達は、魔王との戦闘の中で更なる成長を果たしその結果として魔王を討ち果たすのだから。
これが魔王戦のテンプレ。始め、勇者達が魔王の力に圧倒されることはセオリーなのだ。
小説の更新を続けられていれば、俺自身もそういう構成にするつもりだった。
とはいえ…
「あー、こういう時って魔王が何かしら言わなきゃいけないんだよな…勇者の気持ちを煽るようなことか…」
セイン達には聞こえないように小さく呟く。
そう。一度倒れた勇者達が再度起き上がるには、何かしらのエネルギーが必要なのだ。
それは勇者としての使命感でも仲間からの信頼でも、なんなら怒りなどでもいい。ただ、心の折れかけている勇者を再度立ち上がらせる為には、魔王を倒さなければならないという何かしらの大きな動機付けが必要だ。
そしてその動機を与えるのは基本的に勇者の仲間、もしくは魔王自身になるのだが———
「調子に乗ってセイン以外もボコボコにしちゃったからな。まともに喋る事のできる状態じゃない、か。まあ、俺がやってみるか。———はーは、は、は。よもや、勇者がこんなにも弱いとはー!このままでは世界が滅ぼされてしまうぞー?」
「うぅ……ぐッ…」
取り敢えずセインへ世界の滅亡を提示してみたが、彼は相変わらず呻き声しか返さなかった。
うむー、まあそうだよな。俺が世界を滅ぼそうとしているのは周知の事実だ。何かセインが怒りや使命感に駆られるような新事実は———
「…あ、そうだ。———は、は、は。勇者一行もここまでのようだな!さすれば、お前らの遺体はこの床の中に埋めてくれよう!この地に眠るお前ら、9人の存在は我が力の誇示となるのだ。ありがたく思え!」
あることを思いついた俺は、この室内にいる勇者一行、8人全員に聞こえるようにハッキリとそう告げた。
「…きゅ、きゅう、にん…?」
すると先ほどまで呻き声botだったセインは、小さく顔を上げ消え入りそうな声で呟いた。
セインを含めた勇者一行は、俺の帰らせた奴らを除けば合計8人。しかし、俺は床に眠る遺体は9人と言った。では残りの一人は誰なのか。
「あぁ。いただろう?1年半前に適当に攫った一人の女が」
「お、お前…!!、まさか…アイ、ラを…」
俺はセインの実の妹——アイラの死を示唆することで、彼の怒りを煽るように言葉を繋ぐ。
まあ、実際に埋まってるのは旧魔王イシザキの燃えカスだったりするのだが。セインは良い方向に勘違いをしてくれたようだ。
「あいつも喜んでいるだろう。新しい仲間がたくさん増えることに、な。ふはーはっはっはー!」
「お、お前ェェェェェェ!!!!」
妹の死という新事実を目の当たりにしたからか、さっきまでは喋る様子すら見せなかったセインはゆっくりと立ち上がり、必死の形相でこちらを睨みつけた。
煽りはこれくらいで十分か?いや、折角だしもう少し煽っとこう。
「何をそんなに怒ることがある。どうせ、この後は全人類にそれが訪れるんだ。少しだけ順番が早かっただけのことだろう。あぁ、そうだ。お前らも9人だけじゃ寂しいか。なら、お前らを殺した後に追加してやろう。———そうだな、ヌレタ村の住民達なんて良いんじゃないか?」
セインと俺の生まれ故郷であるヌレタ村。
特にセインは捨て子だったため、自分を拾い育ててくれた親のような存在の村だ。
そんな思い入れのある村の住人達、それら全員の殺害を俺は示唆する。セインは彼らを守らなければならないという使命感に駆られ、アイラの死に対する怒りと相まってその秘められし力が解放される———
「き、君が、ヌレタ村の、みんなの事を……語るなァァァ!!!!!!」
そんな思いに応えるように叫んだセインは強く地面を蹴り、今までに見たことのないような速度で俺へ肉薄した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、戦意の復活したセインと再び剣を交えること早10分程度。
俺へ向けて休むことなく振るわれるその剣は、段々とその鋭さを増している。
このように、セインがパワーアップすること自体は計画通りだったんだが…
「…何をそこまで怒っているんだ?」
セインと剣を交えながら、ずっと不思議に思っていたことをつい口に出してしまう。
いや、アイラの事について怒っているのは分かる。だが、それにしても目の前のセインから放たれる憤怒のオーラの量は異常だ。まるでそれ以外の事に対しても強くキレているような…
「ッ!!、君は、本当に、何も分かっていないッ!!!!」
その言葉を聞いたセインは更に怒りのオーラを増し、力一杯に剣を振るってきた。
「は?」
その振われた剣を受け止めた俺は、様子のおかしいセインから一度距離を取る。
「君のせいで…君のせいで…」
剣を受け止められたセインはというと、剣を振り下ろした体勢のまま足を止め、俺の方を思いっきり睨みつけている。
そして———
「———ヌレタ村は滅ぼされたんだ!!!!!」
と、振り絞るように叫んだ。
そのセインの目には、大量の涙が溜まっている。
「は?それは一体どういう——ッ!!」
あまりにも寝耳に水な情報に気を取られていると、思いっきり剣を握りしめたセインがいつの間にか目の前へと迫ってきていた。
「分からないのなら教えてあげるよ。君が王宮を襲撃してからすぐのことだ。君を倒すことを誓った僕は旅に出る前、最後にヌレタ村のみんなにお別れをしようと思ったんだ。いつ死ぬか分からないから、後悔だけは残さないようにしようって。だけどね、僕がヌレタ村へ向けて瞬間移動をした先———そこにはもう、村は無かった」
俺はセインの動きに咄嗟に反応するが、彼の機敏さ、そして力強さは大きく増しており、俺は防戦一方になってしまう。
セインは焦る俺に構わず、その剣の勢いを緩めることなくその口を動かし続ける。
「———焼き討ちだった。きっと近隣の村の住人の仕業だろう。君は、黒髪黒眼っていう特徴的な見た目をしているからね。君がヌレタ村の出身だと割り出すのも難しくは無かったんだろう。まあ、あの映像だけから君が魔王になった、なんてことは分からないだろうけど、別に間違ってても良かったんだろうね。魔王と全く同じ容姿をした青年の、育った村を滅亡させた。それだけで近隣の住民達は満足だったんだ」
そのセインの言葉は、焦る俺の耳にも何故かよく届いた。すぐ近くで鳴り続ける剣と剣の擦れる音よりもより鮮明に聞こえている気がした。
「君の両親は無事だったよ。君が予め防御魔法をかけていたんだろう?君の防御魔法は完璧で、火や人の手から君の両親の身を守った。———だけどね」
続々とセインの口から紡がれる情報と、その手から放たれる剣戟。その2つの処理で頭はパンクしそうになっていた。
するとセインは冷静にその小さな隙を突き、軽く体を捻って俺の背後へと回った。
「自分の息子のせいで、今まで暮らしてきた村の住人達が次々と焼死していく。その光景を見た、君の両親はどうなると思う?」
それに気がついたときにはもう遅い。
セインの振り下ろした剣が背中に直撃した。
ドォォォォォン!!!!
「僕がヌレタ村の惨状を確認した時は、君の両親はまだ生きていた。だけど——まともなコミュニケーションの取れる状態では無かったよ」
地面へと勢いよく衝突しすぐに行動の取れない俺へ、セインは一歩ずつ近づいてくる。
やはりその声はいつもよりも鮮明に聞こえる。
「勿論、僕は君の両親を保護した。だけど彼らは、絶対に食料を口にしようとしなかったんだ。僕たちが料理を差し出しても、その首を横に振るだけで一切手をつけなかった。そのとき、君の母親が一言だけ喋ったんだ。なんて言ったか君には分かるか?——『それを食べる権利は私達には無い』。それだけだった。そしてその数日後——君の両親は亡くなったよ。餓死だ」
遂に目の前へと移動し終えたセインは、地面に倒れる俺を見据えてその手に持つ剣を大きく振り上げた。
彼の持つ剣は眩しいくらいの黄金色に輝いており、魔王である俺へ振り下ろせば確実に絶命させられるほどの光の魔力を帯びていた。
「唯一、君に誤算があったとすれば、それは村全体へ恨みが向くと考えていなかったことだ。君は自分の両親しか守らなかった。そしてその両親も心に深い傷を負い、最後は苦しく悶えながら死んでいった」
そのとき、剣を振り上げたセインの顔が一瞬だけ見えた。
その表情は、悲しみ、怒り、失望、怨み、苦しみ、後悔、困惑、軽蔑、無念…等々、様々な感情の混ざり合ったようなものだった。 しかしその中にポジティブなものは一つも無く、それらの感情はどれもネガティブなものばかりだった。
「僕には君が何をしたいのかは全く分からない。だけど、だけど!!ヌレタ村のみんなの為にも、君の両親の為にも、僕は君を許すわけにはいかないんだ!!!!」
溢れんばかりの涙をその目に溜め込んだセインは、勢いよくその剣を俺の胸へ向けて振り下ろす。
タイミングは完璧。ここで無抵抗でやられればこの1年半の間思い描いてきた、目的は達せられる。
この剣を無抵抗で受け入れれば良い、それだけ、それだけで———
「———あぁ、そうかよ」
「ッ!?、ぐッ、はッ、ァァ…」
その瞬間、セインの持つ剣の眩い光すら掻き消すほどの、真っ黒な闇の魔力が放出された。
何の対策も取っていなかったセインはその魔力にあっさりと攫われ、向かいの壁へと強く激突した。
「…分かったよ。色々と丁寧に教えてくれてありがとうな」
そして、その膨大な闇の魔力の発生源——セインが剣を振り下ろそうとしていた場所からは、ゆっくりと一人の男が立ち上がる。
「——プランを変更する。俺は勇者を殺し、この世界を本気で滅亡させて見せよう」
その男は向かいの壁に激突した後ピクリとも動こうとしない勇者の姿を、冷めた目で見据えそう宣言をした。
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