第194話 開戦

「……ここが、魔王城か」


魔王カトウが初めて人々の前にその姿を見せたあの日から、1年と5ヶ月が過ぎた。


彼の定めた世界滅亡の期日まで残り1ヶ月を切った今日、僕たちは魔王城へと辿り着いた。


「…セイン、魔王は最上階にいるはず。壁を登っていけばすぐ」


「いや、その方法で登れるの君くらいだから」


隣に立つエルフの少女、オリアさんは早く行こうとでも言うように僕の袖を引っ張る。

こんな垂直に聳え立つ壁を登るなど、オリアさんやイヴェル先輩ならその方法を取れなくもないのだろうが…


流石にオリアさんの案は却下し、僕達は魔王城の正面の大きな扉の前へ移動する。


「さあみんな、行くよ!!」


僕はここまで一緒について来てくれた仲間達に声をかけ、その大きな扉を開け放つ。


魔王カトウが誕生してから1年半弱。

やっとここまで来ることができた。絶対にここで、彼との因縁に決着をつける。


魔王城の階層はざっと見積もって5,6階建て。つまり最上階にいるであろう魔王の元へ辿り着くには、各階層に仕掛けられた魔王の罠を突破する必要がある。


賢い彼のことだ。そこに設置されている罠や試練はそう容易く突破できるものではないのだろう。しかし、僕たちだってそれに屈するつもりはない。ここまで共に戦った仲間と共に、必ず最上階までたどり着いて———


「ニャン?」


そんな強い決意を持って魔王城内への大きな扉を開けた先、だだっ広い玄関ホールのような場所には———1匹の猫がいた。


「ね、猫…?」


あまりにも場違いな存在に、シャーロットは拍子抜けしたような声を漏らした。

きっと彼女は、ここに魔王が用意した強力な番人などがいると予想していたのだろう。僕だってそうだ。


———しかし。その猫、いやその三毛猫は、どこか見覚えのある魔力を帯びていた。


「…シャーロット、油断するな」


「みんな、あれには近づいちゃ駄目だよ」


イヴェル先輩とシエル先輩の2人も真剣な顔で周りへ注意を促す。そして、その両者からは強い怒りのオーラが漏れ出ている。


彼女達の雰囲気から危険を悟ったのか、その猫の正体を知らない仲間達も警戒するように武器を手に取る。

……その一方で、オリアさんが若干目を輝かせているのは少し心配だが。


「魔王カトウ。ふざけてないで真の姿を見せろ」


仲間達に続き、僕も腰の剣に手をかけ、大人しくこちらを見ている三毛猫——魔王カトウへとそう告げた。

すると、


「おいおい、そんな怖い顔することないだろ?ちょっとした冗談じゃないか」


そんな、こちらをおちょくるような魔王の声が聞こえた。


しかし、その声は目の前の猫からではなく——真上。城全体に響くように聞こえて。


「!?、部屋が!!」


その声が途切れた、次の瞬間。

僕たちのいる玄関ホールの床や壁、天井が深い黒色へと変色し、急激にその体積を膨張させていった。


これは魔王の魔力?予め部屋の全体を魔力で覆っていたのか?その実体を表すまで全く気が付かなかった。

———もう、避けられない。


まさか部屋全体が罠だとは想像もしていなかった僕たちは、その膨大な魔力へと呆気なく呑み込まれた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ようこそ。我が魔王城、最上階へ」


その黒い魔力が晴れるとそこには、こちらを見下ろすように巨大な玉座に座る魔王カトウの姿があった。


その右眼には眼帯をつけているがそれ以外は、1年半前とその容姿は殆ど変わらない。


「…魔王自らがお出迎えなんて、優しいことをしてくれるね」


僕はその魔王を見据えながら、首筋に冷や汗が流れるのを感じた。


…強い。1年半前よりもずっと。

実際に対面して改めて思い知る。この目の前の存在こそが、魔王なのだと。


「いやー、最初は色々と罠とか仕掛けてみてもいいかなぁとは思ってたんだが、一つ気がついたことがあってな」


軽く雑談をするように口を開く魔王だが、それから放たれる圧は今まで戦ってきたどの魔人よりも重い。


「———初めっから俺が叩き潰した方が早くないかって」


「「「!!?」」」


と、その瞬間、僕の感情の全てを恐怖だけが支配した。鼓動が一気に速くなり、冷や汗が止まらなくなる。目の前に座っている魔王の姿が段々と大きく、更に恐ろしいものに見えてきて———これは、威圧か。


改めて思うが、威圧は目立たないが非常に厄介なスキルだ。特に、魔力の操作に長けている者、もしくは魔力量が多い者が使えばその真価を発揮する。


そんなスキルを魔王が使っているのだ、むしろ意識を保てているだけ上々だと言えるだろう。


———しかし僕だってこの1年半、数々の死線をくぐり抜けて成長を続けてきたんだ。それにこのスキルは何度か受けたことがある。そのタネさえ割れてしまえば、対策は難しくない。


「…大した、自信だね」


それから時間を要すこと数秒。

なんとか自力でその威圧を解除した僕は、頬を流れる汗を拭って魔王へ返答する。


「そうだなぁ、自分でも大きく出たものだとは思っていたが…たった今、確信に変わった。お前らでは、俺には勝てないよ」


しかし、それに対して魔王は特に何の反応を示すことなく淡々と話を展開していく。


…今の威圧は解けて当たり前だということか。今のは彼の何割の力で放ったのか、それすらも全く想像がつかない。


「さっきの転移魔法。気がつけた奴はいたか?いないよな?だから、お前らは今ここにいる。俺に感謝しろよ?仮に転移地を——そうだな。上空1000mの地点にしていたら——お前らはどうなってたんだろうな?」


魔王は何も言わない僕たちに対し、確認するように問いかけてくる。その言葉に僕たちは黙り込むしかない。


「———あ、因みにだが。この時点で威圧を解けてない奴は論外だ。ここにいても何も出来ない、いや仲間の足を引っ張って死ぬだけだ。雑魚は世界の滅びゆく様を指咥えて見ておけ」


そして先の言葉に続けるように魔王が言うと、突然に僕らの後方から闇の魔力が出現した。

そちらを振り返ると———


「オスカー!」


「エリオット!」


僕とイヴェル先輩は同時に叫ぶ。

僕たちの後方にいた、オスカーとエリオットが闇の魔力に飲まれていたのだ。


2人を飲み込んだ魔力はすぐに収縮し、数秒後にはオスカー達を連れて宙へと消えていった。


「さて。雑魚は帰ったことだし、このままお前らにまで尻尾巻かれて逃げられてもつまらない。せっかくだし、相手になってやるよ」


それを確認したと同時、魔王はそう言うとゆっくりと立ち上がった。


…立ち上がっただけだというのに、恐ろしい威圧感だ。きっとスキル等は使っていないのだろう。


この魔王には、僕一人ではまず勝てない。

だが、それは今までもそうだった。この1年半で戦った魔人達はどれも、僕の何倍も強かった。だけど、僕は今ここに立っている。


今僕がここに立っていられるのは、協力してくれた仲間達のお陰だ。だから今回も皆で協力して力を合わせれば、絶対に勝てるはずだ!!


「行くぞ、魔王カトウ!」


「ああ、かかってこい。勇者セイン」


僕は自分そして仲間の力を信じ、心を蝕む恐怖を振り払うようにして魔王へと斬りかかった。

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