第193話 終結へ向けて

決まった、とでも言いたげな正面のその顔に、こちらの思考を読んでいるかのようなその態度に、そしてそれらにまんまと乗せられてしまっている自分の弱さに、そのどれもにとてつもなく腹が立つ。


今私の目の前に座っているのは一人の男。

魔王を名乗るその男は、軽い笑みを浮かべて私の返答を待っている。


彼の記憶、そしてその真の目的を知って私は悟った。


これまで起きたことの全ては彼のシナリオ通りであり、私を含めた全人類はその掌の上で転がされていただけだったのだと。

そして、ここから続く未来——手始めにここで私が首を縦に振るということも、きっと彼の掌の上で転がされているだけなのだろうということも。


「もしここで、断ると言ったらどうしますか?」


そうなるのも少し癪だったので、私は素直には回答せずそう尋ねてみた。


すると目の前の男——魔王カトウは、少しだけ考えるような素振りを見せた後、


「勇者が悲しむかなぁ」


と、だけ言った。

その傾けた視線の先にはピンク色の女の魔人が座っている。


彼の計画において、私達は必ずしも必要な存在ではない。そしてその女の魔人なら、不必要となった私達を数秒とかからずに処分することができるだろう。


「…はぁ、分かりました。協力しましょう」


「よし、契約成立だ。1年半よろしくな」


諦めるように吐き出した私の言葉に、魔王カトウは席を立ちその手をこちらへ差し出した。


少しの躊躇の後、諦めた私はその差し出された手を取り魔王との契約を結ぶ。

文書や魔法等で契約を結びつけない辺り、彼は私達が裏切ることは無いと確信しているのだろう。


……私の、いや私達この世界に住まう全ての者の完敗だ。


この目の前の魔王には、どこまでの未来が視えているのか。その記憶を共有しても尚、その頭の中の全てを見透かすことは出来ない。


本当に、魔王とは恐ろしい存在のようだ。



「ところで、1つ質問なんですが…」


「ん?なんだ?」


お互いに握手を交わした後、早々に部屋を出て行こうとする魔王へ私は声をかけた。


「この記憶は…共有してもよかったんですか?」


私は最後に、少しだけ気になっていたことを尋ねてみた。


「は?どういう意味だ?」


「いえ、分からないのなら、大丈夫です」


質問の意味が分からないといった彼の反応に、私は大人しく引き下がり部屋を出る彼らの背中を見送った。


彼の記憶が共有されるということは、それと同時に間接的に彼と関わった人たちの記録も共有されてしまうのだが———まあ、それは少し考えれば分かることだ。彼はそれも百の承知なのだろう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「———がはッ、ゲホッ、」


アイラ達との対談を終え、応接室を出てから数分後。


城内の廊下を歩いている途中、我慢の限界に達した俺は激しく咳き込んだ。


「!?、大丈夫ですか!?、無茶し過ぎです!!あんな風に魔力を使っていたら、1年半どころか半年も持ちません!」


「…ふ、セインにはあれくらいやらなきゃ本気にならないからな」


珍しく焦った様子で隣へ駆け寄るメモリアに軽口で応えると、口の中からは鉄の味がした。

不思議に思い口元を抑えた手のひらを見てみると、そこには赤黒い血がびっしりとこびり付いていた。


「魔王化に伴う代償か…耐えてくれよ、俺の体」


魔王の魔力を吸収することでその力を手に入れた俺だったが、多少魔力操作に精通しているとはいえ人間の体に魔王の魔力を吸収させることの代償は少なくなかった。


まず、魔王になったその瞬間から右眼はほとんど見えていないし、左足の感覚も少しずつだが薄くなってきている。今はまだ何とかその程度に留められている状態ではあるが、魔王の魔力はじわじわと俺の体を蝕んでいる。


それに今日は、王宮の襲撃からその様子の投影及びオリアの相手、アイラ達との対談と色々とやる事がありすぎた。特に前の2つでは魔力も大きく消耗したし、体の方が悲鳴を上げるのも無理はないだろう。


「まあ、セインがここに来るまではもう無茶はしないさ。ありがとうな」


数十秒程そこに立ち止まり、体調の回復した俺は再度歩き出す。その間、メモリアはずっと背中をさすってくれていており、改めて感謝を告げた。


それに対しメモリアは———


「いえ、魔王様の宿願の成就は私の夢でもありますので」


と、だけ答えた。


「……つれないな」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



それからあっという間に季節は流れ、俺が魔王となってから2度目の夏が訪れた。

何事もなければ、俺は学園の4年生になっていたのか。なんて思っていた、ある昼下がり。


「…ん、消えたか」


メモリア以外の七魔仙の内、最後に残っていたスパード、そしてシャルムの気配が完全に消えた。これで残る七魔仙は、メモリアただ一人となった。つまり———


「よしメモリア、準備を進めるぞ。これからがこの物語のクライマックスだ」





この1年の間、じっくりとその体を休めていた魔王は妖しく口角を大きく吊り上げる。


遠くないうちに訪れるであろう勇者達を歓迎する為、彼は今再び動き出す。



世界の滅亡まで、あと半年。

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