第156話 断

ルミリエルの杖から放たれた巨大な光のレーザーが迫る。 


女神の審判、究極級の光魔法だ。ただ単に光のエネルギーを放出するだけの魔法だが、その威力及び速度は非常に高い。足先に掠りでもすれば、その掠った足は瞬時に吹き飛ぶだろう。


俺へ向けて放たれたそのレーザーは、俺だけでなく後ろにいるイヴェル達をも射程範囲に含んでいる。


「アーネ、危ない!私に任せろ!」


「ッ!?」


その危機を感じ取った全員が即座に回避をしようとする中、何を思ったのかルーカスは隣にいたアーネを強く抱きしめてその場から動こうとしなかった。


「あの、馬鹿!」


この光魔法はそんな肉壁一枚で止められるほど柔な魔法ではない。

そのレーザーに触れた瞬間、2人揃って塵と化すのが関の山だ。ルーカスはアーネを守るつもりだったのかもしれないが、結果的に彼女の回避を妨害していることに他ならない。


その様子を視界の端に捉えた俺は急遽方向を転換して2人の元へと向かう。


「うぉらぁ!」


彼等の元へと駆け寄った俺は勢いそのままにルーカスの服の襟を掴んで、アーネと共に思いっきり横へぶん投げる。

火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか。自分でも驚くくらいの力が入り、2人を無事に射程範囲外へと出すことができた。


「あれで多分、アーネ達は大丈夫だが...俺は逃げられるか?」


アーネ達を安全圏へ逃した後、既に自身の目前まで迫った大量の光の粒子を眺めて呟く。いや、まだ全力で走ればもしかしたら逃れられるかも——


「アルト!こっちだ!」


「!?、イヴェルさん!?」


アーネ達を投げた方向へ走り出そうとしたとき、その反対側からイヴェルがこちらへ走ってきているのが見えた。


「—ッ!!」


一瞬の逡巡の後、俺はイヴェルの方へと方向を変え、すぐに彼女と合流した。


しかしその間にも光の粒子は着々と迫ってきており、数秒後には俺たちを塵も残さず焼き払うことだろう。もはや範囲外へ逃れることはできない。


「イヴェルさん、一体どうするつもりで——」


「アルト、私の後ろにいてくれ」


迫るタイムリミットの中、イヴェルははっきりとした口調でそう指示を出した。


「…分かりました」


イヴェルの言葉を了承し、その後ろへと移動する。既に光の粒子は目前へと迫っており、彼女と言葉を交わす時間はない。

彼女が何を考えているかは分からないが、ここはもう託すしかない。



「———断」


迫り来る膨大な光の粒子達がイヴェルの身を一瞬で焼き払う——その直前。彼女は小さく呟き、腰に携えた剣を大きく振るった。


ズガガガガカッ!!!!


その直後に訪れる、地面が大きく抉られるような音。そして真っ白になる視界。目の前にいるはずのイヴェルのことですらその姿を捉えることができない。


だがそれらも一瞬のことで、次の瞬間にはあれだけうるさかった音も眩しかった光もその場から全て消え失せており———


「…何とかなったようだな」


目の前には、こちらを振り返って安心したように微笑むイヴェルの姿があった。


「イヴェルさん、今のは——」


「ああ、魔法を斬ったんだ。流石に消滅とまではいかなかったが、一部を削り取るくらいのことは出来たみたいだな」


魔法を斬る。

彼女はあっけらかんと言うが、それを実行するのは並大抵のことではない。


魔法を使って魔法を止めることは簡単だ。単純な魔力同士のぶつかり合いでそれの小さい方が消滅するだけだからだ。


だが剣で、つまりは物理的な方法で魔法を消滅させるとなると、的確に魔法の核となる部分を突くことが必要となる。勿論その魔法に打ち勝つだけの威力も必要となるため、剣の威力と精度の両方がかなり高い水準で要求される。剣を極めた猛者である、剣聖にしか許されない芸当といったところだろうか。


「流石です。お陰で命拾いしました。——ってイヴェルさん、その剣!」


イヴェルの右手に握られている一振りの剣。その剣の刃は半分ほどが削られて無くなっていた。イヴェルの技量を以ってしても、剣自体が魔法の威力に耐え切れなかったのだろう。


「ん?ああ、これのことか。気にするな」


「気にするなって…だってそれ、聖剣だって…」


そして、その握られている剣は以前に聖剣だと言っていたものだった。


今思い返せばその剣は、俺の入学した当初から彼女がその腰に携えていたものだ。


「いや、剣一本でアルトの命を救えたのだ。こいつも本望だろう。それに、壊れてしまったのなら———新しく作り直せばいい」


イヴェルはそう言って、聖剣を握る右手を自身の正面に翳す。すると翳した聖剣の刀身が淡く光りだし、その数秒後


「——聖剣は甦る。剣聖がいる限り何度でも、な」


その右手には、一切の欠落のない見慣れた美しい剣が握られていた。


1年前の武術祭の時に見せた能力、剣創生。あれをもう使いこなしているのか。


「さて、シエルの様子や女神等について、色々と聞きたいのは山々だが——そんな暇はないようだな」


「エリーナ様の…エリーナ様のためにィィィィ!!!」


イヴェルの目を向けた先にはこちらへ杖を向け、白目を剥きながら叫び散らすルミリエルの姿がある。完全に正気を失っているようだ。


「アルト、こっちは私が引き受けた。その代わりに——シエルを頼む」


「…ええ、任せてください。イヴェルさんもお気をつけて」


「ああ、そちらもな」


最後にそう言葉を交わした後、イヴェルは小さく笑いルミリエルの方へ駆け出して行った。


「背信者の…背信者の排除、ヲヲヲヲヲ!!!!」


「ルミリエル大司教、あなたの相手は私だ。シエルとアルトの借り、ここで返させてもらう」


究極魔法を使いこなす魔法使いと、剣聖としての能力を十分に開花させた剣士。


剣と魔術。それぞれを極めた者同士の戦いが幕を開けた。

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