第157話 お願い
「やっぱ、カッケェよなぁ...」
ルミリエルへ向かい走っていくイヴェルを見て1人呟く。
「アーネ達は——無事か。俺も自分のやるべきことをやらなきゃな」
辺りを見渡してアーネ、ルーカス、ゾルエ三人それぞれの無事を確認した後。
悠然とその腕を組むシエル——もといフルーナへと目を向ける。
「その体、返してもらうぜ。エセ女神」
「あんたは本当に...いいわ。かかってきなさい。今度こそ、殺してあげる」
お互いに睨み合った後、俺は腰の剣を取りフルーナへ向けて飛び出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「——来るな!」
目の前のフルーナが焦った様子でその手を右に振るう。その瞬間、俺の体には右方向の不可視の力——正確にはサイコキネシスという魔法——が加わる、が。
「そんなこと言うな。寂しいじゃないか」
俺はそれをすぐに解除し、フルーナへと肉薄する。サイコキネシスは前にそれはもう気の狂うほど体験した。流石に慣れたものだ。
更に言えば——
「お前、本来の力を出せていないだろ。はっきり言って——弱すぎる」
「ッ!!」
その言葉にフルーナは悔しそうに歯噛みする。
そう。現在のフルーナはその全力を出せていないようで全く手も足も出なかった以前とは異なり、今の俺は彼女と対等以上の戦いを演じることが出来ていた。
彼女はシエルの体に降りたばかりでその操作にまだ慣れていないのだろう。
「痛い目を見たくなければ、さっさと出ていくことをお勧めするが?」
「ふざけるな!そんなことをしたら私は——」
「実体を保てなくなる、か?」
「ッ!!」
続けたその言葉に、フルーナの顔は図星を突かれたように強張る。やはりそうか。
シエルの中にいることが原因で全力を出せないのなら、フルーナは前のように本来の姿に戻って戦えばいい。だがそれをしないということは、しないのではなく出来ない理由があるのではないか。そう考えていた。
「まあ、お前が出たくないと言っても引き摺り出してやるけどな。ほら、出てこい」
「かァッ!?」
その隙をついて彼女の首根っこを掴み、そこから闇の魔力を無理矢理に流す。
腐ってもこいつは女神。闇の魔力は苦手なはずだ。これで出ていってくれれば楽なのだが——
「まあ、流石に無理か」
首根っこを掴みながら体内の魔力の様子を観察してみたが、元のシエルのものには戻っていない。
いや、大丈夫だ。一度で成功するなどは元から考えていない。何度でも試して、絶対にシエルからこのクソ女神を追い出して見せる。
「———ァ、アルト...君?」
「!?、シエルさん!?」
フルーナを追い出すための次の手段を考えていたとき、シエルの口元から小さく声が漏れた。
「シエルさん!大丈夫ですか!?意識はハッキリとしていますか!?どこか違和感とかありませんか!?」
「う、うん…多分大丈夫かな…?意識はなんだか、夢の中みたいな、感じ…ハッキリはしてない…違和感は…なんか自分の中に違う何かがいるような…」
薄く目を開いて受け答えをするその口調は、間違いなく元のシエルのものだった。
「その違和感を自分の中から追い出せますか!?」
「…う、ううん。結構、深いところまでその変なのが浸透してるみたいで…無理みたい……」
「そうですか…分かりました!俺がなんとかするので、シエルさんはもう少しだけ耐えててください!」
「う、うん。わ、分かッ!?——なん、だろう…急にアルト君のことが憎く…なに、これ…私じゃなくな、」
「それは邪神のせいです!シエルさん、辛いでしょうがもう少し、もう少しだけ耐えてください!」
俺は続けて、シエルの体へ最大の出力で闇の魔力を送り続ける。シエルの意識が戻ったということは、やはり闇の魔力を送ることは効果的な手段だったのだろう。このまま押し切れれば…!!
「わ、分かった…頑張ってみる…———ぁ、ね、ねぇ、アルト、君。アルト君って、私のこと、嫌い?」
集中してシエルの体へ魔力を送り続けている最中、突然にシエルがそう話しかけてきた。
「急に、どうしたんですか…!シエルさんらしくもない!」
「いいから、答え、て…避けられてたし、やっぱり…嫌い?」
答えをはぐらかそうとする俺をシエルは逃してくれない。
あぁ、彼女はきっと不安で弱気になっているのだ。ここは元気付けなければならない。
「——嫌いじゃないです!避けてたのは俺の勘違いだったんでしょう!あれに関しては俺が悪いです!俺は決してシエルさんのことは嫌いではありません!」
シエルの耳に確実に届くよう、俺は大きな声で断言する。
「そ、そっかぁ…じゃあ、私の頼みを一つ聞いて貰っても、いい?」
「分かりました!全部終わった後、いくつでも聞きますから今は——」
「それじゃあ、駄目…今、だけど、ひとつだけ……私を—————ふざけんじゃ、ないわよォォォ!!」
「ッ!?」
シエルが何かを言い切る直前、先ほどまで穏やかだったその顔は一気に豹変し、フルーナのものだと思われる人格が顔を出した。
クソ、魔力は流し続けていたというのに、もう対策されたのか!
危険を感じた俺はその体から手を離し、一度大きく距離を取る。
「あー、少しだけ危なかったわ」
体の主導権を奪い返したフルーナは、その体の調子を確かめるように自らの首を数回捻る。
「…」
その様子を睨みつけながら、俺は数秒前のシエルの言葉を思い出していた。
フルーナに体を奪い返される直前、言葉にはなっていなかったがその口は確かに動かされていた。その動きから察するに、シエルの頼みとは——
『私を、殺して』
「ふざ、けんなよ…」
正面のフルーナを睨みつけて小さく呟く。
確かにシエルを殺せば、その中にいるフルーナも一緒に倒すことが出来るかもしれない。だが…!!
「そんなこと、絶対にしない…!してやるもんかよ!」
自分に言い聞かせるようにそう叫び、俺は再びフルーナへと突進した。
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