第153話 邪悪な魔力

「うーん、セインへのデバフってよりはオスカーにバフがかかってんのかな?」


セインとオスカーが剣を交えること30秒程。

その間だけで目の前の2人の実力がほぼ互角であることが分かる。強いて言えばセインが少し優勢か。


オスカーと剣を交えているセインは間違いなく全力だ。そのセインとオスカーが互角の戦いを繰り広げるなど、まあ本来ならありえない。なんらかの原因でオスカーの身体能力にバフがかかっていると見るのが順当だろう。


「まあセインが勝つことには変わりないだろうし、当初の予定とは違うけど俺はこの特等席で彼等の戦いを見守る——いやその前にまず、お邪魔虫の排除でもしようかな」


礼拝堂の入り口の方を振り返ると、視界に映ったのは武器を持ってこちらへ走ってくる数人の兵士達。


「?、向かって来ない?」


しかしその兵士達は礼拝堂内へ入ってくることはなく、その入り口で立ち止まりこちらを遠巻きに見てくるだけだった。


一体何をしているんだ?

俺達の様子を観察している?ただそれだけ?何故、彼等を止めようとしない?教会の礼拝堂で暴れているんだぞ?ボコボコにされても文句は言えない状況だが...


いや、そうか。今のこの状況の裏にはルミリエル大司教がいる。であれば、大司教が手出しをしないように伝達しているのか。だがそれは何故?大司教は一体何を考えて——


「!!?」


そこまで考えたとき、どこからか膨大な魔力が生じたことを感じ取った。その後すぐ、その魔力が真上から湧き上がったものだと気がつく。


「なんなんだ...一体...」


これまでに感じたことがないほどに恐ろしく膨大な魔力。だがそれ以上に———邪悪。とても嫌な予感がする。


取り敢えず上に向かわなくては。


「ッ!!」


急いで礼拝堂を出ようとすると先ほどまで見張っていただけだった兵士らは一変、こちらへ武器を向け道を塞ぐように立ちはだかった。


俺をこの先に行かせたくないのか、この場に留めておきたいのか。またはその両方か。


そう考えている間にも真上の魔力はどんどん膨張していき、邪悪さを増していく。


「すまん、時間が無いんだ。お前達に構ってる暇はない」


俺は武器を構える兵士達の上を空中歩行で突破し、上の階層を目指す。


「!?、アルト!?一体どうしたんだ!?」


その道中、礼拝堂まで残り数十メートルのところまで迫っていたイヴェル達とすれ違った。


「イヴェルさん!俺は上へ行きます!なんだか嫌な予感がするので!あと、シャーロット!セインはこの先の礼拝堂だ!」


そうイヴェル達に必要最低限のことだけを伝え、俺は近くにあった階段を駆け上がる。



バン!!


何十段もの階段を登った先、突き当たりにあった扉を乱暴に開いてそれをくぐる。

教会の最上階。そこは広い屋上だった。


聖王国全体を見渡すことができそうな、その屋上の敷地の内。丁度礼拝堂の真上の位置。そこには———


「やはり来ましたか。貴方を信じていましたよ。寵愛者様」


半径数メートルにも及ぶ巨大な魔法陣。

そして、それを囲むように立つルミリエル大司教と複数人の魔導士の姿があった。

更にその魔法陣の中心には、


「——シエルさんに一体何をするつもりだ、ルミリエル大司教」


その身は拘束されていないものの、気絶しているのか力なく地面に横たわるシエルの姿があった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おや、シエルとは仲直りをしたのですか?この数日間で険悪になっていたはずですが…」


シエルのことを気にかける俺に対し、ルミリエルは不思議だとでも言うようにその首を捻った。


「いや、シエルさんとの仲は元々良くなかったよ。まあ、あんた達の所為で更に悪くなったことは認めるが…一体何が目的だったんだ」


この数日間を通して怪しいこと満載だったルミリエルだが、未だにその目的は全く見えてこない。俺たちの仲を引き裂こうとしたことも、ここにある魔法陣とシエルのことも。


「それは至極簡単なことです。貴方は女神の寵愛者だ。女神から愛を受けているのだから、それ以外の関わりは不要でしょう?貴方は女神だけからの愛を享受すれば良いのです」


「…は?」


当たり前だとでもいうかのようなルミリエルの言葉を理解することができなかった。


俺が寵愛者だから?それ以外の存在——女神以外との関わりは不要だと?


それだけ、たったそれだけの理由でこいつは俺を孤立させ、シエル達との仲を引き裂こうとしたのか?


「——くだらない」


「理解されようとは思っていませんよ。ただ、神に仕えるものから見れば、寵愛者である貴方はとても尊く羨ましい存在なのです」


口から漏れた言葉に、ルミリエルは少し残念そうな顔で言った。


「そしてそれは——巫女であるこの子も同じです」


そしてルミリエルは、その足元で横たわるシエルを見てそう付け加える。


「…彼女に何をするつもりだ」


「それはすぐに分かりますよ。そうですね、残り1分といったところでしょうか」


ルミリエルは屋上の中心に聳え立つ塔にかけられた、巨大な掛け時計を見て言った。

現時刻は11:59。つまり正午に、シエルの身に何かが起こる。だが逆に言えば——


「1分以内にシエルさんをその魔法陣から出せば、何も起こらない」


「そんなこと、させると思いますか?」


小さく呟いた俺は、その魔法陣へ向かって地面を蹴る。それと同時、ルミリエルはその細い目を見開き右手に持つ杖をこちらへ向けた。

残り50秒。


「私一人で十分です。貴方達は詠唱の続きをお願いします。寵愛者様だからといって容赦はしませんよ。———世界を創造せし女神よ。この敬虔なる使徒たる我へその力を貸し与え給え——聖なる守り《セイント•プロテクション》」


ルミリエルが唱えると、中心の魔法陣を含めその周りにいるルミリエル達を覆うように半透明の巨大な教会が出現した。

残り35秒。


聖なる守り《セイント•プロテクション》、光属性の究極魔法だ。


外部からの攻撃は物理、魔法を問わずどちらも通さない。それに対して教会内部からの攻撃は妨害しないというなんともぶっ壊れた魔法だ。流石はワンド聖王国一の教会に所属する大司教なだけある。


だが、この魔法の属性は光だ。つまり——


「すまないな、大司教。それの対策は知っている。——どーん」


突然現れた半透明の教会へ向かって、俺は怯まず進む。そして教会にあたる直前、己の拳に闇の魔力を乗せてその壁をぶん殴った。


パリィィィン!!


「何!?」


その拳が半透明の教会に触れた瞬間、ルミリエル達を守っていた教会は一瞬にして脆くも崩れ去った。

残り20秒。


光魔法であるあの防御魔法は、やはり闇の魔力にはめっぽう弱い


「お邪魔——威圧」


あまりにも呆気なく崩れ去った究極魔法にルミリエル達が戸惑う中、それに乗じて更に魔法陣への距離を縮めて彼等へと威圧をかけた。シエルまでの距離5m。

残り10秒。いける。


残り3m、2m と近づき、魔法陣の中心で眠るシエルへ手を伸ばした——そのとき。


バチッ!!


「!!?」


シエルへ思いっきり伸ばした手のひら。それが彼女に触れる直前、何かによって弾き返された。


何だ、これは?結界?いや、だがさっきのルミリエルの魔法は確実に破壊したはずで———


「ほ、ほ、ほ…万が一のために魔法陣の内側にも盾を仕込んでいて良かった。どうやら、私の勝ちのようです」


あまりに予想外のことに戸惑う俺の耳へ、正面からそんな声が届いた。その声はルミリエルのものだ。


ルミリエルは魔法陣の内側にも予め盾を仕掛けていた?つまり、手が弾かれたのは魔法で作られた盾の所為?だが、この辺りにその魔力らしきものは特に——いや、違う。ここは魔法陣の中。つまり、あの膨大な魔力の溜まり場の中だ。その膨大な魔力に邪魔されて、盾由来の魔力を見つけることが出来なかったんだ。


ゴーン、ゴーン、ゴーーーン


それに気がついた直後、大きな鐘の音が屋上全体に響いた。

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