第129話 剣聖の事情
「あの男、バルイスト=ラーシルドは私の父、ユーリッド=ラーシルドの実兄だ。元々2人は仲が良かったみたいなんだが...剣聖には1人しかなれないからな」
イヴェルの伯父——バルイスト達から逃げてから30分ほどが経過した。俺たちは未だギアル大森林の中を彷徨っている。
「それで選ばれたのはイヴェルさんのお父さんっていうことですか」
「ああ、双方の実力は拮抗していたらしいが、最終的に多くの支持を得たのは我が父だった。その後伯父は自身の道場を立ち上げ、多くの剣豪達を世に送り出したらしいが...」
そこまで言ってイヴェルは一度その目を伏せる。
潔く負けを認め、教育に道へ精を出していたら良かったのだが。剣聖になれなかった事への恨みをずっと募らせていたのだろう。
「あー、イヴェルさんのお父さんとか、他の人からの助けって望めませんか?」
少しだけ暗くなってしまった雰囲気に、たまらず俺は話題の変更を図る。
「長男のヴァルス兄様は騎士団の任務で遠征中だ。流石にここへは来られまい。父上も——無理だ。なあアルト、私が剣聖になったのは少々早すぎると思わないか?」
「え?あ、はい。俺が入学した頃には既に剣聖でしたもんね」
不意に飛び出した質問だったが、イヴェルが剣聖の称号を与えられたのは彼女が学園の一年生の時。俺が学園に入学する半年ほど前のことだ。日本でいえばそのときのイヴェルは中学三年生。
その年に王国最強の称号を得たのだ。自分で考えた設定とはいえ、些か早すぎる気がするな。
「ああ、私は15のときに剣聖の称号を得た。これは先代の剣聖——私の父が病に罹ってしまった為だ」
「え、」
イヴェルの発言に俺は言葉を失う。
先代の剣聖が病気?そんな設定を書いた記憶はない。というか、先代の剣聖は小説で出した覚えすらない。完全に寝耳に水だった。
「病といっても現在の病状は安定していて家で母と穏やかに暮らしている。だが、もう激しく体を動かす事はできん。そこで新しい剣聖を指名することになったのだが...何故か私が選ばれた。父が言うには私の将来性を期待してのことらしいが...実力不足な状態であった事は間違いない。だから、身内からも反感を買ってしまったのだろうな」
イヴェルは自らを自嘲するかのように笑う。
やはり外面には見せないようにしていたようだが、イヴェルも身内に裏切られて深く傷ついているのだろう。
「...昔はそうだったかもしれませんが今のイヴェルさんは剣聖の名に恥じない力を持っていると、俺は確信しています。イヴェルさんのその力はこの後も頼りにしてますから」
「ふふ、そうか。そう言って貰えるとありがたい」
イヴェルを元気付ける為、少し照れ臭いが自分の思っていることを率直に伝える。
すると彼女は少しだけ嬉しそうに笑った。
彼女の心が少しでも軽くなってくれてればいいのだが。
「ところで、今はどこに向かっているんだ?森林の外に出るのか?」
「いいえ、多分外ではバルイスト派の連中が待ち構えています。彼らを黙らせるにはトップを叩くしかないでしょう。とはいえイヴェルさんは万全ではないですし、俺も魔法を使えません。だから今はそのための準備中ですね」
「?、アルトは魔法を使えないのか?先程使っていたのは魔法ではなかったのか?」
「ああ、あれはこれのおかげです」
その頭に疑問符を浮かべるイヴェルへ、ポケットからいくつかの石を取り出しそれを差し出す。
「これは...」
「霊園石です。これを持っていると魔法を使うことができるんですが、一回使うと割れちゃうんですよね。数もあまり多く無いので...」
「魔法を打てる数にも限があるのか。なら、どうやって伯父様を倒すのだ?」
「それはですね...あ、ありました」
イヴェルと話をしている最中、視界の端にあるものが映った。あれが探していたものだろう。
俺はイヴェルを連れ、その場所へと向かう。
「?、ここに何かあるのか?」
俺達が辿り着いたのは、何の変哲もない場所。一見、先程まで歩いていた場所と何も変わらないように見えるだろう。
「はい、ここには——ッ!!」
ザッ
そのとき、近くで何かが地面を蹴る音が聞こえた。
「...見つけたぞ」
「よりによって、一番見つかりたくない奴に見つかりましたね…」
「伯父様...」
音の鳴った方を見ると、そこには全身土塗れのバルイストが立っていた。
落とし穴からの脱出及び俺たちの捜索、合計で1時間弱。もう少しかかると踏んでいたのだが。
「いやー、バルイストさん遠路遥々ご苦労様です。そんなお汚れになってしまって、少しお休みに——」
「お前の話に付き合うつもりはない、もう油断はせん。誰かは知らんが、ここで確実に殺す」
適当に彼へ声をかけてみるがバルイストはそれに応える気はないようで、腰の剣を流れるように引き抜いた。
その身から溢れる殺気は恐ろしいほど濃く、こちらを本気で殺しにきていることが窺える。
「ッ———」
隣に立つイヴェルの体が硬直する。
バルイストの放つ濃密な殺気に当てられたためだろう。わざわざスキルを使わなくても、殺気のみで相手を硬直させることができるとは。流石は剣聖の称号を争っただけのことはある。
「!!?」
「———大丈夫です。安心してください」
隣に立つイヴェルの手を握る。
彼女には申し訳ないが、俺たち2人が助かるためだ。少しだけ我慢して貰おう。
剣を抜いたバルイストと対峙する中、俺はそれからは目を離さずに虚空に向けて口を開く。外から開ける時間がないのなら、中から開けて貰おう。
「——オリア、そこにいるんだろう?俺を、俺達を助けてくれ」
そう呟いた——瞬間。
「「!?」」
俺とイヴェルの2人だけを包むように目の前の空間が大きく捻れた。
「——は、」
そして気がついたときには、ギアル大森林とは異なるどこか知らない森の中に転移していた。そして———
「...久しぶり、アルト様。会いたかった」
俺達の目の前には、こちらへ向けて柔らかく微笑むエルフの姿があった。
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