第128話 お互い様

「あれ、変身解けちゃったか。森の中に入ると変身魔法も解けるのか。うーん、まあ多分見つからないし、このままでいいか」


森へと入っていった一行の後を追ってこっそりと森の中へ入った俺は、自分の姿が元の黒髪黒目の人間の姿へ戻っていることに気がついた。


森へ入った後も10分くらいは変身の効果が持続していたため、森へ入る前から行使していた魔法であれば効果が切れないのかと思っていたが、徐々にそれが保たれなくなっていったようだ。


やはり如何なる魔法でも、この大森林の中ではその行使は難しいらしい。まあ対処法が全く無いわけではないが。


「一応、遠くの方で見守ってますかね」


俺はモンスター達を蹴散らしながら進む一行の気配をギリギリで感じ取れる距離を保ち、尾行を続けていた。


そして———


「おいおい、それは危なくないか!?」


何やら話し合うイヴェル達の真上———大きく成長した木の枝——から、その様子を観察していたときだった。


何を話しているのかはいまいち聞き取れなかったが、親族同士の話し合いであるし聞く必要もないだろうと思っていたのも束の間、エリオットが突然イヴェルへと斬りかかったのだ。


突然に切って落とされた戦いの火蓋。

だが、イヴェルの実力ならエリオットの一撃など余裕で防げるだろう———あれ?どうしてイヴェルは動こうとしないんだ?


そんなことを思っている間にもエリオットの剣はイヴェルへと迫っており、それは彼女も視認できているはずで———


「イヴェルさん!無茶しすぎです!!」


イヴェルがわざと何もしていないことに気がついた俺は、急いで彼女以外の全員に威圧を使った。


「おう、アルトか。待っていたぞ」


俺が木の上からイヴェルの方へ駆けていくのと同時、それが分かっていたかのように彼女はこちらを向いて嬉しそうに笑った。


待っていた...?気づかれていたのか?


「イヴェルさん...俺の存在に気づいていたんですか?」


「いいや?全く気が付かなかったぞ。この1ヶ月でかなり気配には敏感になったと思っていたのだが...やはりアルトは流石だな」


イヴェルはあっけらかんと言った。


「え、え?イヴェルさん、エリオットの攻撃をわざと防ぎませんでしたよね?」


「ああ、そうだな」


「それは俺の存在に気が付いていたからじゃ———」


「いいや?アルトが来ると信じていたからだ。それ以上でもそれ以下でもない」


「は、」


そう断言するイヴェルに言葉を失ってしまう。だってもし俺がいなれば、もし間に合わなかったら。彼女は———


「イヴェルさん...自分の命を大切にして下さい。もし俺が助けられなかったら...」


「ん?私は自分の命を投げ打ったつもりはないぞ。アルトが言ったんだろう?私が頼ったらアルトはいつでも駆けつけるんじゃなかったのか?」


「い、いや、そのつもりではありますけど、でも万が一ってことが、」


「というかアルトお前、最初から何処かで見ていただろう。出てくるタイミングが完璧すぎだ。そっちがさっさと出てこなかったのも悪いのではないか?何故すぐに出てこなかった?」


イヴェルを窘めようとすると、彼女の方から鋭い指摘が飛んできた。


うっ、それを言われると非常に胸が痛い。

久々にイヴェルと会うのが緊張して、出る機会を窺ってたらタイミングが分からなくなったなんて恥ずかし過ぎて言えない。


「こ、こっちはこっちで色々準備があったんです!でも、すぐに出てこれなかったのはすみませんでした。次からは早く出てこれるようにするので、イヴェルさんもさっきみたいなことは、これ以降しないでください」


俺は自分の非を認めつつ、イヴェルの方への反省を促す。


「ほう。まあそうか。今回は勝てるビジョンが全く湧かなかったからな。私は半ば諦めていたのかもしれん。次からはアルトの言う通り、全力を尽くすことにしよう。お互いに反省だな」


「はい。お互いに、です」


俺達は互いに顔を見合わせて笑う。

こうしてイヴェルと笑い合うのはいつぶりだろうか。



「がぁッ...」


そんな俺たちの後ろから、呻くような声が聞こえた。その声の主は———


「伯父様...」


イヴェルの伯父——バルイストだった。シャルトやエリオットなど他の4人が未だ動けない中、バルイストは体は動かせないまでも声を発することができていた。


威圧が破られるのも時間の問題か。


「さて、これからどうするんだ?悪いが、今の私は伯父様には勝てないぞ?」


「中々潔いですね。イヴェルさんでも勝てないとかどんな化け物ですか」


「私はあくまで事実を言っただけだ。言い訳だが今の私は万全ではない。万全の状態ならなんとかなるかもしれないが」


「なるほど...それにしては、イヴェルさん。余裕そうですね?」


言っている内容の割にイヴェルのその顔は不安など微塵も感じていない、むしろこれからが楽しみだとでも言うような顔をしていた。


「ふっ、アルトこそ。これから化け物と戦う奴の顔じゃないぞ?私は隣にお前がいるからな。なんとかなると信じている」


「それは俺も同じですよ。こっちにはイヴェルさんがついてますからね。化物相手でもなんとかなるでしょう」


「うぉぉぉぉぉぉ!!」


突然、目の前のバルイストが力強く叫んだ。

その腕は小刻みに揺れており、あと数秒で威圧は解かれてしまいそうだ。ならその前に、


パチンッ


「解除」


「「「「!?」」」」


俺は自身の指を鳴らし、エリオット達の威圧を解いた。——バルイスト一人を除いて。

その次の瞬間、


「「「「「!!?」」」」」


俺とイヴェルを囲むようにし、バームクーヘン型の大きな穴が空いた。バルイストを含めた5人は、その穴の中へと真っ逆さまに落ちていく。


「...本当にアルトは容易く私の想像を超えていくな。一体何をしたんだ?」


その光景を見たイヴェルは、驚いたような呆れたような顔で言った。


「彼らの足元に少しだけ細工をしておいただけですよ。動かなければ落ちなかったのに、残念です。水と土を入れないだけ感謝してほしいですね。さぁ、イヴェルさん。今のうちに」


「あぁ、ありがとう」


空中歩行で穴を越えるため手を差し出すと、イヴェルは軽く微笑んでその手を取った。

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