第127話 その青年

「...誰かいるのか」


一見誰もいない草むらへ向け、そう声をかける。


半年前の武術祭。

乱入した魔人との戦闘中に剣聖として不適切な行為があったため、それを罰するための試練という名目でこのギアル大森林で生活すること早1ヶ月。



己の剣のみで強大なモンスター共と戦っていくうちに、私は生き物の気配に鋭敏に気がつけるようになっていた。そして現在、茂みの奥にあるのはモンスターの気配ではない。


人間の気配が5つ。きっと迎えに来た使者達だろう。


「気配だけで我々の存在に気がつくとは。流石だな、剣聖。それに、厳しい試練を乗り越えたようだ。だが、流石の剣聖とはいえ疲労困憊と言ったところか」


「バルイスト、伯父様...」


そう言って茂みから出てきたのはバルイスト=ラーシルド——私の伯父にあたる人物だった。それに加えて、


「シャルト兄様、それにエリオット...」


2人いる兄の内、下の兄であるシャルト兄様。そして弟であるエリオットも茂みからその姿を現した。それに伯父様の門下生だろうか、2人の青年を加えた計5人が迎えに来てくれたようだ。


だがその面々を確認したとき、ある違和感を覚えた。




流石に過剰戦力ではないか?、と。



剣聖の家系であるラーシルド家の者が3人。

それに加えて門下生が2人。


それに試練を終えたとはいえ、私は剣聖だ。試練後の帰り道でも、彼らの足手まといになるつもりはない。普通に考えれば、伯父様一人でも迎えには十分ではないか。


更にいえば、シャルト兄様とエリオットが来ていることも妙だ。


シャルト兄様と私はここ7,8年は会っていないし、エリオットは間違いなく私を嫌っている。1番上の兄——ヴァルス兄様ならともかくとして、この2人がわざわざこんな遠くへと出向くなど明らかにおかしい。


「......わざわざ出迎えて頂きありがとうございます」


一瞬の思考を経て、私は彼らへそう謝辞を述べる。


まずは従っておけ。だが警戒心は緩めず、腰の剣はすぐに抜けるよう———


「...剣聖。貴方は少々、勘が良すぎるようだ」


「ッ!!」


伯父様がそう呟いた瞬間、伯父様以外の4人が私を取り囲むように動いた。


「...これは、どういうおつもりですか?」


「どういうつもりもねぇよ。お前を殺す、ただそれだけだ」


腰の剣に手を置いたまま固まる私へ、左手に立つエリオットが剣を構えて言う。


「お前が私を嫌っていることは知っていたが...剣聖の称号が目的か?」


「...うるせぇ、どうせお前は死ぬんだから答える義理はねぇ」


その問いにエリオットはそう言って顔を背けた。これは図星か。


「シャルト兄様の目的は何なのですか?嫌われているとは思っていないのですが」


「...」


エリオットとは丁度反対側、右手に立つシャルト兄様は剣を構えたままで喋ろうとしない。くそ、こうなるのならもう少し家族間でコミュニケーションを取っておくべきだったか。


「おい、シャルト。ここで隠したって仕方ないだろう。こいつは王国剣士長になりたいようでな。それで、その為の推薦書が欲しいらしい。まあ俺が一筆書けば、あの優秀な兄貴にも勝てるかもしれないからな」


「ッ!! バルイストさん!!」


「...その話は本当なのですか。シャルト兄様」


伯父様の言った言葉が正しいのか。

シャルト兄様へ確認を取ると、彼は再び黙り込んだ。...否定しない、か。


「そして貴方の目的は。バルイスト伯父様」


最後に、真正面で余裕そうに仁王立ちをしている伯父様へと尋ねる。


「は、そんなの決まっているだろう。我が弟、ユーリッド=ラーシルドへの復讐。ただそれだけだ。自分の育てた子供達が一気に死んだなら、あいつはどう思うだろうな?」


「...子供達が一気に?まさか貴方は、」


「本当に察しが良くて困るな、貴方は」


馬鹿だったらもう少し楽だったのだが、と続けて伯父様はその腰から剣を引き抜いた。

そしてその剣先を私の方へと向ける。


まさかこの人は私だけでなく、シャルト兄様やエリオットまでもを手にかけようとしているのか。


「さて、ここで無抵抗でやられてくれれば楽なのだが......こちらは5人、そちらは貴方1人のみ。それに貴方は試練を終えたばかりで疲労困憊のはずだ。率直に聞こう、勝てると思っているのか?」


剣を構えた伯父様は、私の置かれている状況を至極丁寧に解説してくれる。私の心を折りたいのだろう。だが、


「...勝てるかは勝負が終わるまで分かりません。ですが、私がここで諦めるわけにはいきません。私は剣聖です。それに...きっと私の帰りを待ってくれている友人もいますから」


「帰りを待つだけで助けには来ようとしない友人か。いや貴方は剣聖という称号を得ているのにも関わらず大衆の前で情けない姿を見せた挙句、他人に助けを求めたことで試練をすることになったんだったか。おや、耳の痛い話だったか?」


「...いいえ、私はあの時助けを求めたことを間違いだとは思っていません。そして、あの経験を経て私は大きく成長しました。後悔などあるはずがありません」


半年前の武術祭。

あのときに私の心は一度粉々に砕け散った。


思いっきり砕け散ったその心は、修復される過程でよりしなやかに、より強靭になった。再度心が折れそうになったとき、次こそはそれに耐えられるように。


「...その心折れず、か。......剣聖、貴方は強い。そして賢くもあるようだ。だからこそ、その才能をここで摘んでしまうことが非常に残念だ。唯一足りなかったのは...人望——特に親族に対しての、か?」


伯父様はシャルト兄様とエリオットの2人へ交互に視線を移し、嘲るように言った。

それに関しては否定できない。


「...ご忠告、痛み入ります」


「ああ、これを機に改めると良い。来世で、な」


そう言い終えると、その正面の男から発せられる雰囲気が一変する。


覇気、闘気、熱気、そして殺気。

その全てが剣士として最高の領域まで練り上げられている。分かってはいたが、やはり王国剣士長の称号は伊達ではないようだ。


万全の状態での1vs1なら勝負は分からなかった。だがこちらは疲労困憊、そして相手は五人ときた。もっと早く伯父の策略に気がついていれば———


「しかし、それも言い訳だな」


弱気になりそうだった心を、頭を振って引き締める。過ぎてしまったことはもう取り返しがつかない。なら今は、この状況をどう突破するかを考えよう。


戦況は絶望的。さらに相手は魔人ではなく人間、しかも親族ときた。普通であれば絶望とショックで心が折れても仕方ない場面だが、半年前の弱い私はもういない。心が折れることはもう無い。



だがその一方で、唯一の心残りは消えていなかった。


最後にもう一度、話をしたかった。

武術祭以降、未だ会えていないあの青年と。退学した彼が学園へ戻って来て、1年前と同じようないつも通りの学園生活を送っている——そんな未来もあったのだろうか。


たくさん謝って、たくさん礼をして、たくさん他愛もない話をしたかった。


「なんて、ただの現実逃避か」


未だ現実を直視しようとしない自分に嘆息しつつ、私は腰の剣をゆっくりと鞘から引き抜く。


その場の全員に緊張が走り、こちらを囲う者たちも再度剣を構え直す。六名の剣豪達が臨戦体制へと入った。

いつ、戦いの火蓋が落とされてもおかしくはない。



森林内はその独特の雰囲気に支配され、一瞬だけ沈黙に満たされる。





カサッ


その時、胸のあたりから何か乾いた音が聞こえた。なにか紙が擦れたような音だ。


私の胸ポケットに入っているものといえば。


「———」


あの青年から貰った手紙だ。


剣聖の試練の開始前、御守りの代わりとして持ってきたものだ。この状況で自らの存在を主張してくるとは。



————これは、彼からの声援だ。



「うぉらぁぁ!!」


それを理解したのと同時、痺れを切らしたエリオットが私へと斬りかかってきた。


それに続いて周りの4人もそれぞれの行動を開始する。


「ふ、」


そんな光景を見ても、心が揺さぶられることはなかった。焦りも、恐怖も、後悔も、そのすべてが取り払われていた。


彼からエールを貰ったのだ、その期待に応えなければならない。雑念に惑わされている暇などない。


だが、やはり今の状況は少し荷が重いようだ。だから、頼らせてもらおうか。

私が助けを呼べばいつでも駆けつけてくれる、最高の後輩を。


「ふふッ、見ててくれよ。いや、助けてくれもいいんだぞ?———アルト」


エリオットの剣がすぐ目前へと迫ってきている。


その剣の速度、私との距離、そして私の技量。その全てを合算して考えると、この目の前の剣を止めることは出来ない。私の剣が届く前に、私が避ける前に、エリオットの剣が首を刎ねることだろう。


しかしそれが分かっても尚、私の心が恐怖や焦り、後悔を感じることは無かった。

私の感じているのは、信頼と期待のみ。


だって———


「な、!?」


そのとき、首筋へ迫っていた剣が急にその動きを止めた。いや、それだけではない。

よく見ればこの場にいる6人のうち、私以外の5人がその動きを完全に止めていた。


特定の複数の人間の動きを狙って止める。

しかも動きを止めた5人は剣術の猛者たちで、停止する直前までは各々が高速で移動していた。こんな器用なことができる存在など、私はただ1人しか知らない。


「———ッ」


期待して後ろを振り返る。

そこには、


「イヴェルさん!無茶しすぎです!!」


宙を蹴り、焦った様子で駆けてくる黒髪の青年の姿があった。




————だって、私の事はアルトが守ってくれるから。

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