第126話 陰謀

ニーエッジから更に北へ30分ほど歩くと、遠くの方に巨大な森林が見えてくる。それが人間界と魔界とを隔てる森林、ギアル大森林だ。


その森林の中には強大なモンスターが多数存在している上に、そこでは魔法を使うことができない。更には魔界と直接繋がっているため気味が悪い。


そんな理由から、普段ギアル大森林へ近づく者は滅多にいない。ましてや森に入る者など、自分の実力を正確に把握出来ない馬鹿か、もしくは地図を正確に読むことの出来ない阿保だけだ。


そんな風に普段は人々から敬遠されているギアル大森林だが、現在その付近では、それらの認識とは少し異なる様相を呈していた。



現在、ギアル大森林の周りには複数のテントが張ってあり、その中では間違いなく人が生活をしている。その証拠に辺り一帯が暗闇に包まれている中、張られたテントの1つから今も橙色の灯りが漏れ出ている。


そのテント内では4人の男女による、話し合いの最中であった。



「それで、奴の試練が終わるのはいつになるんだ?」


テント内に集まった4人のうち、短く切り揃えられた真っ赤な髪が特徴的な青年がそう切り出した。


「剣聖の試練が終わるのは明後日の正午だ。その時刻を過ぎ次第、我々で剣聖の回収に向かう。勿論、それにはお前にもついてきてもらうぞ、エリオット」


それに答えたのは葡萄色の髭を蓄えた四十代くらいの男だった。その腰には装飾の施された一振りの剣が携えられている。


「しかし、この広大な森林の中からどのようにしてイヴェ——剣聖を探すのですか?」


赤色の少し癖のある髪に縁のない丸眼鏡をつけた青年が続けて尋ねた。その腰には、やはり高価そうな剣が携えられている。


「あらシャルトさん。それは簡単よ?あの子には試練の終了場所を指定してあるの。あのバカ真面目な子なら、生きていればきっとそこで待っているはずだわ。ね、あなた?」


「ああ、サリアの言う通りだ。生きていれば剣聖は必ず指定した場所へ現れる。剣聖が生きている可能性はゼロではない。だが、剣聖がここで死ぬことは決定事項だ」


男は顎に蓄えた髭を触りつつ、サリアと呼ばれた女性の言葉を肯定するように頷く。


「そのときの保険として、僕とエリオットが呼ばれたわけですか。しかしお言葉ですが、別に我々がいなくとも最悪、貴方だけでも何とかなるのでは?——バルイスト=ラーシルド王国剣士長殿?」


シャルトは納得するように頷いた後、癖のように自身の髭を触る男——バルイストに重ねてそう尋ねた。


「念には念を、だ。この1ヶ月間を経ても仮に剣聖が生きていて、更には成長を経験していた場合、この俺でも必ず勝てるとは言い切れない。だが、お前達の協力があれば必ず奴を葬れる。だからお前達を呼んだのだ」


「別に俺たちを呼んだ理由なんてどうでもいい。そんなことよりも———奴を殺した暁には、約束は必ず守れよ?」


そこまでの話を黙って聞いていたエリオットだったが、痺れを切らしたのか苛ついた口調で言った。


「あぁ勿論だ。今回の件が終わった後、エリオットには剣聖の称号を与え、シャルトには王国剣士長への推薦をしよう」


バルイストはエリオットとシャルト、双方の目を交互に見つめてそう断言した。


「ふん、それなら文句はねぇ。俺はもう寝るぞ。こんな狭いテントだと息苦しくて堪らねぇ。それと———親父の兄だろうが、約束を破ったら殺すからな?」


「ああ、約束は必ず守る」


「では、僕ももう寝ますね。それとこちらの件もよろしくお願いします」


「ああ、安心しろ」


テントから続けて2人の男が退出し、その中には一組の男女だけが残った。


「...いいの?あんな約束しちゃって。本当に剣聖の称号と王国剣士長の地位を渡しちゃうの?」


「ふ、馬鹿を言え。そんなつもりなど毛頭ない。厳しい試練により剣聖は死亡。剣聖の保護に向かったラーシルド家の次男と三男の両名も森林内でモンスターに襲われ死亡。唯一、そのパーティを率いていた王国剣士長のみが生還し、彼らの死亡の確認及び報告を行った。剣聖及びその兄弟の死亡を受け、新たな剣聖として王国剣士長であるバルイスト=ラーシルドが指名される。...それが今回の筋書きだ。全く愚かだな。自分らが俺の復讐に組み込まれていることにあの2人は全く気が付いていない。」


女の疑問に男は薄く笑って答える。

その目の奥には、確かな殺気が存在する。


「なるほどね。それで、あの2人には勝てるのかしら?」


「愚問だな。剣聖はともかくとして、シャルトとエリオットの2人に関しては同時に相手をしても負ける気はしない。エリオットの奴め。何が親父の兄だからって容赦しない、だ。俺だって弟の息子だからといって容赦する気はない」 


「あなたってば、本当にカッコ良いわ。あ、んっ...」


直後、そのテントの中からは女性の吐息、そして湿ったもの同士が触れ合うような生々しい音が外へと漏れ出した。


「んっ、む...はぁ......。ねぇ、最近色々あってご無沙汰だったじゃない?今日は...駄目?」


数十秒にも及ぶ音が止んだ後、女は甘えるような声でそう囁いた。


「...全く。剣士としては完璧な俺だが、男としてはまだまだ未熟だったようだ。よもや、女性にそんな台詞を言わせてしまうとは」


「ふふ、良いのよ。その分、深く愛してくれれば」


男は女の長い水色の髪を手に取り、女の腰に巻きつけたもう一方の手をその服の内側へ滑り込ませる。


「んッ...」


艶かしい音を出す女の口を塞ぐため、男は自らの口をゆっくりと近づけ———



ザッ


そのとき、テントの外で何かが動くような音がした。


「「!!?」」


その音に気がついた男は即座に外へ飛び出し、辺りを見渡す。

だが、男の目に映るのは無限に続くのかのようなただの暗闇のみ。男の目が何か他の生物を捉えることは無かった。だが、


「猫、か?」


テントの周りについた小さな足跡。それを見た男は小さく呟いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ではこれより、試練を終えた剣聖の保護に向かう。向かうのは、私、シャルト、エリオット、エムズ、ナイヤーの五名だ。他の者は周囲を警戒し、我々の帰還を待つように」


「「「「「ハッ!!」」」」」


怪しげな四者会談から2日後の正午。


その腰に剣を携えた5人の精鋭達がギアル大森林へと入っていった。その目的は剣聖の保護———などではなく剣聖の始末だ。


「フンッ!!」


「ハアッ!!」


流石は剣の精鋭達。


森林内の強力なモンスター達を己の剣術のみで次々と葬り、着々と目的地へと進んでいった。———だが、歴戦の彼らでも気がつくことは出来なかったようだ。


「にゃんッ」


彼らを追尾するように移動する、1匹の猫の存在に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る