第130話 大変身

ギアル大森林は亜人の森と並んでグレース王国内でも随一の広さを持つ森だ。

原作の設定では無かったが、もしかしたらエルフ達はここにも出入り口を作っているのではないだろうか。


そんな推測は見事的中し、俺達はエルフの里だと思われる場所へ転移したのだが———


「え、えっと...」


改めて目の前に立つエルフに目を向ける。


その身長は俺よりも少し小さいくらいの、とても綺麗な女性だ。艶やかな金色の髪に透き通るような白い肌。エルフ特有の少しだけ尖った耳。

まあそもそもエルフという種族自体には美男美女しかいないのだが、目の前に立つ女性はその中でも一際輝きを放つ美しさを持っていた。


しかし俺はその女性に見覚えがない。

久しぶり...?それってどういう...


「...会いたかった!!」


「!!?」


それらの情報に戸惑っていると、その見覚えのない女性が突然抱きついてきた。

服越しに伝わってくる仄かな温かみとその柔らかい感触。あまりに突然のことに頭の許容量はすぐに限界を迎え———


「ッ...お、お前!ア、アルトから離れろ!」


「...どうして?というか、貴方は誰?貴方はアルト様のなに?」


すぐに焦った様子のイヴェルがそれを止めようとするが、そのエルフの女性は先程までの上機嫌な声とは一転、凍るような冷たい声で応えた。

ギャップ萌えだな、とか思っている余裕など今の俺にあるはずはない。


「わ、私はアルトの先輩であり、アルトは私の恩人だ!恩人への不敬は見てられん!」


「...へぇ、そうなんだ。でも私はアルト様の婚約者だから。貴方が気にする事は何もない。......ね?アルト様?」


するとそのエルフの女性はイヴェルに見せつけるかのように、抱きしめる力を更に強めその顔をこちらに近づけた。

あ、ちょ、まじで、俺の心臓が、死ぬ。


迫り来る情報の嵐に既にオーバーヒートを起こしかけている脳に鞭を打ち、今の状況を整理する。


え、えっと、俺はバルイストから逃れるためにエルフの里に繋がる入り口を見つけて、そこでオリアに助けて貰おうとしたらいつ間にか知らない場所に転移してて、更には目の前に知らないお姉さんが立っててそのお姉さんが急に抱きついてきてそれにイヴェルが怒ってエルフのお姉さんは俺の婚約者だとか意味不明な事を———ん?エルフ?婚約者?


「こ、こ、こん、婚約ッ!?」


「...ね?そうだよね。アルト様」


それにこの声、アルト様という呼び方———


「も、もしかして......オ、オリア...か?」


「...そうだよ?久しぶりだね、アルト様」


俺の言葉に眼前のエルフの美少女は、溢れるような笑顔でそう言った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



俺たちの前に現れた美人なお姉さんの正体は1年前に里へ送り届けたエルフの少女、オリアだった。


1年前の子供のような見た目とは全く異なり、今の彼女はエルフの大人と遜色ないくらいに大きく成長していた。

そんな大変貌を遂げたオリアと俺たちは、状況を整理するため話し合いをすることになったのだが...


「だからどうして俺の膝に座ろうとする!あっちに座ればいいだろ!」


「...どうして。昔はずっとこうやってた」


「昔は昔、今は今!今は色々とまずい!」


「...まずいって何」


「う、うるさい。こっちにも色々とあるんだ」


「...アルト様がそこまで言うなら仕方ない。分かった」


「分かってくれたか、流石オリア———って背中も駄目だ!普通にその辺に座ってくれ!」


そう、この1年で見た目こそ大変貌を遂げたオリアだったが、その行動は1年前と何も変わっていなかった。


1年前でこそ子供のような感覚で接しても問題なかったのだが、今のオリアにそれと同じようにするわけにはいかない。男の子と世間体には色々と事情というものがあるのだ。


「...アルト様のケチ。—————でも、やっぱり可愛いなぁ。つい、虐めたくなっちゃう」


「ッ!?」


抵抗を続ける俺へ、オリアは渋々と言った様子で隣の床に座る———が、そのとき俺は得体の知れない悪寒に襲われた。

...?気のせいか?


「——ゴホンッ、話を戻すが、君は1年前にアルトにくっついていたエルフという認識であっているか?」


「はい、それであってます。1年前の入試の直前とかでしたね」


「あのまるで子供のようだった子がたった1年でここまで成長するとは...」


「.........私とアルト様の愛の力。恐れ入ったか人間。分かったら私のアルト様は諦め——」


「何適当なこと言ってんだ」


イヴェルの疑問に適当なことをほざくオリアの頭へ手刀を落とす。


「...痛い。暴力反対、人権問題、責任追及、結婚不可避。」


「その文字列はおかしい気がするな!?」


オリアはその頭の頂点を抑え、こちらを軽く睨んだ。


「そ、その二人がこ、婚約者というのはほ、本当...なのか?」


俺達の会話を聞いていたイヴェルがその頬を微かに染めて静かに、だがはっきりと尋ねた。


「いやそれは語弊というか、種族間の違いというか——」


「...そう、私とアルト様は婚約者。それ以上でもそれ以下でもない。...因みに、結婚を申し込んできたのはアルト様の方」


「!!?」


「ちょッ!オリア、」


俺はイヴェルへ事情の説明を試みたものの、オリアの爆弾発言によりすべてが無に帰した。あー、どうしよ。


「......分かった。一旦この件は保留にしておく。...アルト、全てが終わったら話があるからな」


「...はい」


イヴェルは何かを我慢するように一度大きく深呼吸をして、この話をそう締めくくった。


そうだ。今はバルイスト達をどうするかって話だったんだっけ。


「では気を取り直して、作戦会議といきましょう」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「...やっと出てきたか」


ギアル大森林へ戻ると、正面には俺たちを待ち受けるようにバルイストが立っていた。


「...お久しぶりです。これはこれは皆さん勢揃いで」


それに加え、俺たちを取り囲むように他の4人も既に集まっていた。


バルイスト1人のままだったらラッキーだと思っていたのだが、現実はそう甘くないようだ。


「いくぞ」


相変わらず濃い密度の殺気を放つバルイストは無駄口に付き合う気がないようで、すぐに腰の剣へ手をかける。それに合わせ、他の四人も己の剣に手を添えた。


「やっぱり待ってはくれないみたいだ。——頼んだぞ、オリア」


それらから目を逸らさず、俺は後ろの空間に向けて声をかけた。


「...うん、分かった。手加減はしない。吹き荒れろ——ウィンドバースト」


次の瞬間、地面が大きく抉れるほどの威力の風が吹き荒れ、バルイスト達を大きく吹き飛ばした。

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