第91話 協力者
見渡す限りどこまでも続く真っ白な空間。
当たり前だがそこに人の姿はなく、正真正銘ここの場には俺とメモリアの2人しか存在していないようだ。
「ここは私の作った空間だ。そんなことより——もっとよく見せろ」
何でもないことのようにそう言うと、メモリアは自身の顔を未だ呆気に取られている俺の顔へと近づけた。いや、近い近い近い!
「いや、あの、ちょっ、」
「うっせーな、黙ってろ。すぐ終わる」
「すぐ終わるってなン———」
反射的に距離を取り彼女を止めようとすると、突然に俺の口に猿轡のようなものが出現した。
俺の顔を拘束し強制的に黙らせたメモリアは、更にその顔を近づけてくる。いや、近いって!本当にもう当たる当たる当たる!
「———日本、か。」
「!?」
メモリアの顔と接触するまであと数cmというところで、そう呟いた彼女はゆっくりとその顔を離した。
「な、なんで、それを...」
「あ?分かってんだろ?お前の記憶を覗いたからだよ。今までに前世の記憶を持つ奴は何人かいたが、他の世界の記憶を持つ奴はお前が初めだぜ?しかも、この世界を創った御本人様だとはな」
こいつ、ガチで俺が異世界から来たって知ってやがる…!!しかも、前世での小説のことまで正確に把握されているだと?
「そこでなんだが......お前、私の協力者にならないか?」
「は、え?きょ、協力者?」
前世の記憶を見られた事に動揺する俺へ、メモリアは更に意味のわからないことを言う。
協力者?一体何を言っているんだ?
「そうだ。お前、いやアルト。いや、加藤と呼んだほうがいいか?」
「アルトでお願いします...」
「そうか。アルト、お前は魔族と人間の争いをどう思う?」
どうしてこのタイミングで魔族と人間の争いについての話になるのか。情報が錯綜していて、混乱しきった頭ではすぐには考えられない。
「私は非常に下らないと思う。本当に下らない。金もなくなれば、戦力も減るだけ。争うことで増えていくのは死体の山だけだ」
無言を貫く俺に対し、メモリアは更に言葉を続ける。
確かに彼女の言うことは正しい。例外として科学技術などは戦争を経ることで大きく向上する傾向にはあるものの、多くの一般市民にとって損失の方が上回ることは言うまでもない。
「だが、私はそう思っていても行動ができなかった。何故だか分かるか?人間と魔族が争わない世界など想像もできなかったからだ」
それはそうだ。
魔族と人間は見た目も全く違えば言語、育った環境、考え方まで何から何まで違う。
話し合いによる協力ができないのであれば、後に残る選択肢は武力による支配のみだ。
「だが私は見た。お前の記憶の中、異なる見た目、異なる考え方の者達が共存する世界を。———私はその世界を実現させたい。そしてアルト。この世界を創造したお前にも、その責任があると私は思う。だからお前は私の協力者になれ」
そこで言葉を切ると、メモリアは左手をこちらへ差し出した。その表情は真剣そのものだ。
なるほど、やっと話が見えてきた。
確かにメモリアは小説内でも積極的に戦うキャラではなかったな。実際、さっきもエルフを誰一人として殺していないし。
「あぁ、分かった。そういうことなら俺も協力しよう」
差し出されたその手を取り、メモリアに協力することを決めた。俺も魔族と戦いたい訳ではないし、共存できるならそれに越したことはない。
「それで、俺は具体的に何をすればいいんだ?」
「そうだな。私は魔王軍の方に人間と協定を結ぶよう働きかけてみる。アルト、お前は人間の方をどうにかしてくれ」
「どうにかって...」
一応彼女にこれからの方向性を尋ねてみたが、中々アバウトな指示が飛んできたものだ。
「あ、そうだ。協力の礼と言ってはなんだがお前の記憶を戻してやる。ほれ」
「——あッ!?、なんだッ、これ!?」
メモリアが指を鳴らした次の瞬間、俺の脳内には知らない記憶が流れ込んできた。
なんだ、これ。アーネとイヴェルとシエル。そして黒いフードを被った2人とアインス先生とミルト先生。ここは王都の街中?なんだこの光景は。全く身に覚えが————いや、知っている。文化祭の日、その帰り道。
どうして忘れていたんだ。あんな重大な事件を。
「一応言っておくが、私はそれに関与してないぞ。どうやら魔法というよりは、魔道具的な何かで記憶を操作されたらしいな」
「そうか…思い出させてくれてありがとう。重要な記憶だった」
メモリアへ感謝を述べつつ、俺はその記憶の内容を反芻する。何度も何度も再生を繰り返し、それを脳へと強く焼き付ける。
この記憶は絶対に手放してはならない。
「なに、気にするな。私達は協力者だからな。あ、それとパスを繋いでおくか」
「パス?」
「なんだ、知らないのか。こっちにこい」
聞き覚えのない単語に首を傾げると、メモリアは手で近くに来るよう指示をする。
なんなんだ?パスって。
ガッッ
「へ?」
するとノコノコと近づいてきた俺の顔を、メモリアは両手でガッチリと掴んだ。
え?なにこれ?怖い怖い怖い!
「いいか、パスっていうのはな、」
妙に艶かしい声でメモリアがそう言ったとき、
パリィィィィィン!!
甲高い音を立て、真っ白な空間の一部が大きく欠けた。そしてそこには、
「...やっと、見つけた!」
形の良いまつ毛を吊り上げ、片手に青色の剣を携えたオリアが立っていた。
「オ、オリア!?」
「おーおー、私の領域を見つけて、更には中にまで入ってくるか。アルトお前、中々愛されてるな」
自身の空間へ無理矢理入ってきたオリアに、メモリアも感心したように言う。
「...アルト様を、返せ!」
そのオリアはメモリアを強く睨みつけると、一直線にこちらへと飛んできた。その移動速度はメモリアのそれに匹敵する。
「おー、別にいいぜ。だが、最後に...」
メモリアはオリアとまとも戦う気がないのか、俺の顔を挟んだまま動こうとしない。
だが、
「ん!むぅ!?」
次の瞬間、俺は言葉を失った。
口に何かが重ねられる感覚。そして、目の前にはどアップされたメモリアの顔。口元から伝わる仄かな温もりに、魔族にも体温があるのかなどと思ってみたり。
「パスだけは繋いでおかねぇとな。じゃあなアルト!また連絡する!」
すぐにその顔を離したメモリアはそう言うと、空気に溶けるように消えていった。
「...アルト様!」
メモリアから解放されてすぐにオリアが駆け寄ってくるが、俺はそれに応答することができない。
メモリアが去ったことで崩れていく空間の中、俺はただオリアに肩を揺さぶられていた。
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