第90話 “記憶”のメモリア

「ん、ああ。朝か」


外から漏れる小鳥の鳴き声を聞きながら目を開くと、そこは見慣れない天井だった。

そして相変わらず、腹のあたりには温かく重みのある物体がしがみついている。

この感覚にも慣れたものだな。


昨日は夕飯の後、疲れていたのかオリアはすぐに寝落ちしてしまった。そのうちに引き剥がそうかとも思ったのだが、オリア母が勧めたこともあり俺もそのまま寝てしまったのだ。因みにオリア父は、その間はずっと固まったままだった。


「...ん、んー」


「おはよう、オリア」


「...ん、おはよ」


と、俺とオリアが挨拶を交わしたそのときだった。


ウーウーウーウゥ!!


そんなサイレンの音が里中に響いた。


「うおッ!?なんだこれ!?」


「...敵襲のサイレン」


「敵襲!?」


そんなオリアの言葉に、俺は彼女を抱えて急いで窓の外を見る。するとそこには、


「魔族!?」


何十、いや何百体もの魔族が里の周りを取り囲んでいた。


「助けないと!」


「...いや、いい」


「だけど、」


急いで外へ出ようとする俺に対し、腕の中のオリアは首を振って行く必要はないと言う。


「...エルフは強い。あんな奴ら、戦闘にすらならない」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「...ね?」


「そ、そうデスネ」


それから俺が見たのは、地獄絵図——エルフが次々と魔族を虐殺していく光景だった。


剣術から魔法まで多種多様な方法で、エルフ達は数にして10倍以上の魔族の群れを葬り去っていった。

そして敵襲のサイレンが鳴ってから30分後には、里を取り囲んでいた魔族は全滅していた。


オリアの許可を得て家の外へ出ると、エルフ達は既に魔族の遺体の処理を行なっていた。それの指示を出しているのは、なんとオリア父であった。


その顔はオリアの前で出すものとは別人で、ただの仕事のできるイケメンって感じだった。なんか癪だな。




そんなことを思っていたとき


「あっれ、前の部隊全滅してんじゃん。私が来るまで持ち堪えろっつたのに」


突然、真上からそんな声が聞こえた。


「「「!?」」」


その場にいる全員が声のした方を向く。


「な、なんだあいつは...」


誰かがそんなことを呟いた。

俺達の真上——その宙に浮いていたのは、1人の女だった。ピンク色の肌に、ボサボサな同じ色の髪の毛。更にはその頭からは白い角が2本生えている。間違いなく魔人だろう。


そして何よりもヤバいのが、その纏うオーラだ。なんなんだあの密度と量は。全く敵う気がしない。この里にいるエルフ全員で飛びかかったとしても、10秒も持たず殲滅されるだろう。こんな強大な存在が近くにいたのに、誰一人として気が付けなかったのか。


「おーおー、そんな見てくんな。照れるだろうが」


魔人の女はそう言って地面に降り、こちらへ向かって無防備に歩いてくる。


「な、なんだお前は!何が目的でここに立ち入った!」


オリア父が女の前に立ち、その進路を塞ぐ。

おお、かっこいい!少し足が震えてるけど!


「あー?私か?私は魔王イシザキが家来、七魔仙の1人“記憶”のメモリアだ。で、目的だっけ?あー、魔王様にエルフの里の視察をしてこいって言われたから来た。これでいいか?」


「き、記憶の、メモリア、だと...?」


その名前を聞いて、俺は愕然とする。


冬休み前の特別総合演習の後、俺は七魔仙についてその能力やセインと接触するタイミングなどをできる限り思い出した。彼女はその中でも、1番初めに記憶に蘇ってきた存在だ。——最も出会いたくない危険な存在として。


“記憶”のメモリア、魔王軍幹部である七魔仙の1人で、その総合力は七魔仙内でも最強。その戦闘能力は魔王に匹敵し、頭も相当キレる。

同じ七魔仙とはいえど、コネサンスなどとは正直言って格が違う。セインの才能が完全に開花するまで関わりたくない、この世界で最も危険な存在だ。


「じゃあ、私はそっちの質問に答えたことだし、そっちにも見せて貰おうか」


そう言うとメモリアは、一気にオリア父に肉薄しその頭を鷲掴みにした。


「なッ——」


「あー、うん。なるほど。お前、娘がいるのか。で、その娘が、はー、エルフの希望って言われてんの。それは気になるな」


「や、やめろ、む、娘には手を、」


「あー、お前はもういいや。黙ってな」


「ぐふッ...」


メモリアに腹へ膝蹴りを入れられたオリア父は、そのまま膝から崩れ落ちる。


オリア父は決して弱くない。むしろエルフ内でも強者の部類に入るだろう。だか、それでもあの女には全く敵わなかった。

間違いない。あいつは七魔仙最強、”記憶”のメモリアだ。


しかし、なぜ彼女がこんなところにいる?

小説ではこんな話を書いた記憶がない。セインはオリアをエルフの里へ送り届けた後、特に何も起こることなく学園へ戻ったはずだ。


セインがメモリアと戦うのは他の七魔仙をすべて倒した後、セインが4年生のときだったはず。このタイミングでメモリアが出現するのはどう考えてもおかしい。


「さ〜て、そのエルフの希望とやらは、何処にいるのかなぁ?」


メモリアはゆっくりと辺りを見渡す。エルフの希望…話から察するにオリアのことだろう。

腕の中にいるオリアの服を掴む力が強くなる。彼女も不安なのだろう。


「そこか」


その数秒後、そう呟いたメモリアは地面を蹴ってこちらへと向かってきた。その移動速度はセインを比較対象にしても、それの倍は速い。正直、目で追うことすら出来ないが狙いさえ分かってれば——!!


「ごめんな、オリア」


「え?」


迫り来るメモリアの手とオリアの頭の間に、俺は自分の頭を割り込ませた。


「きゃッ!!」


「あー?ああ?」


頭への強い衝撃に、俺は腕からオリアを落としてしまう。そして正面に立つメモリアは、何かを確かめるように俺の瞳をマジマジと見つめた。きっと記憶を覗いているのだろう。対象と至近距離で目を合わせる事で、その記憶を覗き見る。メモリアの固有能力だ。


そして俺の記憶の中には、こいつの同胞であるコネサンスを殺した記憶がある。それを見ればこいつは、仲間の敵である俺へと標的を変えるだろう。だからオリアはその内に——


「お前、面白いな」


「…は?」


そんな狙いとは裏腹に、メモリアは怒るではなくただ純粋に驚いたような顔をした。


「なあ、ちょっと私と話さないか?まあ拒否権なんてないし、無理矢理にでも聞かせるけどな。ここで話しても構わないんだが…ここではゆっくり出来なさそうだな」


俺の頭を鷲掴みにしたまま、メモリアは薄く笑みを浮かべて言う。その目線の先には怒りオーラ全開のオリアが立っている。


「...アルト様を、離せ!」


強い怒気を含んだオリアの声が響く。


すると俺とメモリアの周囲には豪風が吹き荒れ、巨大な竜巻がいくつも発生した。

え、ちょ、待て待て。え、オリアの本気ってこんなすごいの?ちょ、このまま怒りに任せて攻撃されたら真っ先に俺が死んじゃう!


「命拾いしたな、エルフの希望。こいつに感謝しろよ?」


そんなオリアへ向け、メモリアは余裕そうにその手を振る。次の瞬間、彼女の足元から真っ黒な靄が発生し、瞬く間に俺はそれに飲み込まれた。


「わッッぷ」


「この程度で驚くな。どうせ、知ってるんだろ?」


「!?」


突然真っ暗になった視界に驚くと、メモリアはそんなことを言う。どういう意味だ?


それから数秒後、真っ暗な靄が消えたかと思うと目の前には———


「なんだ、ここは...」


真っ白で何もない、ただの空間が広がっていた。

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