第85話 情報屋
「ッ!!......こ、ここは。」
俺たちを包んでいた眩い光が消えると、そこは先ほどまでいた学園長室ではなく広大な草原のど真ん中だった。
「あのエルフの子は——ちゃんといるな」
下方に目を向けると、俺の腰にはしっかりとエルフの少女が張り付いていた。
「で、あれが街か。」
現在地から2kmほど離れた地点に小さく門のようなものが見える。あれがアーレットの言っていた街だろう。
「よし、じゃあ行こうか」
エルフの少女へそう声をかけると、彼女は首を小さく縦に振った。というか、このままだと少し歩きにくいな...
「あー、ちょっと待って」
「??........!!?」
俺は腰にへばりつく少女を抱き上げ、風魔法を用い少女を背中の上に乗せた。背中にしっかりと掴まっているよう言うと、少女は大きく頷き背中に抱きついた。
なんだか、アルクターレでアーネと修行をした時を思い出す。あの時はアーネは妹のような感じだったが、今回は子供のみたいな感じだな。
少女がしっかりと背中に掴まっていることを確認した俺は、遠くに見える街へ向けて走り出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その街——名をエンドールというらしい——へは、なんの検問もなくすんなりと入ることができた。俺たちからすればラッキーなのだが、街としてはいいのかそれで。
街へと入った俺たちは早速情報収集の為、冒険者ギルドへと向かった。
「うッ...なんだここ...」
ギルドの扉を開けた俺は思わず声を漏らす。
そのギルドの中は、アルクターレや王都のそれとは似ても似つかないほどに汚れていた。更にギルド内で酒を飲んで騒いでいる連中も多数見られる。現時刻は午後の3時だ。流石にあの酔い方はおかしい。
「まじで関わりたくない…けど、仕方ない」
俺は嫌々ながらもその中へ入り、極力目立たないよう移動して話の通じそうな奴を探す。
「な、なあ。少し聞きたいことがあるんだが...」
ギルド内を少し彷徨っだ後、ギルドの隅で新聞のようなものを読んでいる男に声をかける。
「ん?あー、いくら出せるっスか?」
「え?」
「だから、いくら払えるか、って聞いてるんス」
あー、なるほど。どうやらアタリを引いたようだ。俺はその男へ1万G金貨を5枚渡す。
こいつはきっと、ここ付近の情報屋だろう。実際に情報屋と接触したのは初めてだが、そういう職業があることは知っていた。
情報屋から知りたい情報を聞き出すには少なくない金が必要だが、その分得られる情報は正確で有益であることが多い。背に腹は変えられない。
「おおー、お兄さん、太っ腹っスね!いいっスよ、どんな質問でもどんと来いッス」
支払った金額に気を良くした男は自身の胸を叩いて言う。情報屋の男だけに聞こえるよう、俺は小さな声で詳細を口にする。
「エルフの里。その場所と詳細について」
一応、ギルドへ来る前にエンドール周辺の地図を見たのだが、エルフの里という記載は無かった。そんな地図に書かれていない場所を闇雲に探すよりは、金を払ってでもその情報を仕入れた方が早いだろう。
「......なるほどっス。お兄さんはエルフ狙いっスか。エルフの里を見つければ、一生遊んで暮らせるっスからね。普通の人は亜人で妥協するんスけどお兄さん、意外とロマンを追い求めるタイプっスね」
俺の言葉をどう受け取ったのかは知らないが、その男は勝手に納得した。
…ここのギルドが荒れている理由がわかった気がする。なんにせよ、聞いていて気持ちのいい話ではないな。
「そんな話はいい。さっさと本題に移ってくれ」
「おっと、すみませんッス。でも〜、エルフの情報ってみんな秘匿したがるのであまり入ってないんスよね〜。最近だと出回らなさすぎて、自分も記憶が曖昧と言うか〜、ね?」
さっさと本題へ移らせようとすると、その男は急にネットリとした目線を俺へ向けてきた。......クソ野郎が。
「...ほら。これ以上はやらんぞ」
「おお!流石お兄さん!エルフを狙うだけあるッスね!」
その男へと更に5枚の金貨を渡す。
すると男はペラペラとエルフの里についての情報を語り出した。
曰く、エルフの里は未だ誰にも見つかっていない。しかしエルフの里がエンドール近くの亜人の森の中にあることは確実で、エルフの目撃情報も多数ある。
曰く、エルフの里はエルフの魔術によって巧妙に隠されている可能性が高い。
曰く、エルフは美男美女揃いで金髪と翡翠色の瞳、そして尖った長い耳が特徴。また彼らの戦闘能力はかなり高く、普通の人間では相手にすらならない。
曰く、狩りに行く際は他の狩人と争いにならないよう注意が必要。
曰く、エルフの女を捕獲し、売れば一生を遊べるほどの金が手に入る。
そんな内容を情報屋の男は話した。
最後の方は聞いていて気持ちのいい話ではなかったが、感情を表に出さないよう気をつけながら話の内容を頭でまとめる。
「...情報感謝する」
「まいどありっス」
必要な情報を全て聞き終えた俺は、さっさとギルドの出口に向けて歩き出す。こんな空間に長居したくない。
「...ところでそちらの背中の子は、」
立ち去ろうとする俺に、情報屋の男が声をかけてきた。足を止めて振り返る。
「どうした」
「いや、お子さんとか何かっスか?」
「...ああ、そんなところだ」
「過保護なのもいいっスけど、連れてくる場所は選んだ方がいいっスよ」
男は辺りを見渡して言う。
その周りでは、酒に酔った大巨漢達が何があったのか喧嘩を始めている。それを周りの男達は囃し立てるだけで、止めようとする者は誰もいない。暴れたい放題だ。
「...忠告痛み入る」
俺はそう言って、今度こそギルドから出る。
ギルドの外は既に紅くなっており、太陽はその半分ほどが地平線に沈んでいた。今から亜人の森に入るのは少し危険だろう。今日は明日に備えて買い物をし、どこか適当な宿に泊まるか。
そう決めた俺は宿屋を探す為、街の中心部へと向かった。
「...な〜んか、怪しいっスよね〜」
ギルドの隅、出口を見つめる1人の男が口の端を吊り上げてそう静かに呟いた。
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