第5章 エルフの里
第84話 エルフとの出会い
さて、1年間で最後の登校日である修了式が終わり、学園は冬休みに入った。
普通の学生は友達と遊んだり、帰省をして家族らと過ごすことだろう。一方の俺はというと、
「うぉぉぉぁ!!忙しいいいい!!」
「アルト、口を動かす暇があるなら、手を動かせ」
生徒会室で次々に降ってくる仕事の山に忙殺されていた。
そもそも現在は年の納め、日本で言うところの12月。師走だ。年末で色々な書類をまとめなければならないのに加え、1か月後に行われる入学試験の手伝いや生徒会の仕事の引き継ぎなど、やらなければいけないことがそれはもう山ほどあった。
「この時期は毎年大変なんだよね。入ったばかりの子にこんな沢山の仕事を課すのは心苦しいんだけど...」
「まあアルト君は仕事の飲み込み早いし、大丈夫だよ」
生徒会の先輩であるリークさんとトネルさんがそう声をかけてくる。
リークさんは学園の3年生で、灰色の髪に眼鏡をかけたtheインテリって感じの男性だ。その見た目から厳しい冷徹な人と最初は思ったが、普通に優しい人だった。
トルネルさんも学園の3年生の女性で、焦茶色の髪を三つ編みで縛っている。イヴェルほど厳しくはないが、かといってシエルほど緩くはない感じの人だ。
因みにそう声をかけながらも、先輩2人の手は休むことなくバリバリ働いている。生徒会怖い。
「というか、シエルさんは居ないんですか!?」
そうしている間にも次々に積まれていく書類の山を処理しつつ、冬休みに入ってから一度も見ていない少女について尋ねる。
「ああ、毎年シエルはこの時期は実家に帰っている。自分の仕事をちゃんと終わらせてから行っているから問題ない」
「ああ、だから去年の入試にはシエルさんは居なかったんですか。イヴェルさんは居ましたよね?」
「ああ、私は入学試験の会場にいたが...よく気がついたな」
「弟に説教してましたよね」
「.....なるほどな。あの件は一家の恥だ。忘れてくれ」
そう言うイヴェルは顔を紅くし、少し俯いた。だが、その間もイヴェルの手は全く止まっておらず書類の山を次々に処理していた。凄いな、この人。
今の忙しさは前世での大学院時代のそれに匹敵するが、一緒に頑張ってくれる仲間がいるだけでやり易さが全然違う。
懐かしみを覚える忙しさにちょこちょこ前世の記憶がフラッシュバックするが、思い出される俺はただ1人で作業をこなしていた。そんな環境よりは大分マシな労働環境だろう。
「よっしゃぁぁぁ!やるぞぉぉぉぉ!」
「うぉ!?どうしたんだアルト君。頭がやられたか!?」
「この時期は誰でも頭やられるよね」
「よし、その意気だアルト!」
気合を入れ直した俺は、それに三者三様の反応を示した生徒会のメンバーと共に書類の山を片付けるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな生活が続くこと3週間。
「あー、久々の休日だ」
俺は久々に学園を出て、王都の街中へとやってきていた。
昨日までに殆どの事務作業を片付け終わり、イヴェルから今日は休めと直々に伝えられた。まあ、3週間毎日生徒会室に篭りきりだったからな...
因みにそのイヴェルは今日も生徒会室で最後の書類確認をしているのだという。大変そうだ。
「まあ、1人だけど十分楽しめるだろ!」
心機一転。
何をしようかと考えながら、元気よく大通りへ飛び出そうとしたとき
ドンッ!!
腰のあたりに何かがぶつかる感触があった。
「ん?」
衝撃のあった方へ目を向けると、薄汚れた麻を被った小さな子供が腰に抱きついていた。
どうしたのだろうか。迷子か?というか、王都にいるのにこんな貧相な服装はおかしい気が...
「あ、あの、」
その子供は焦った様子でこちらへ顔を向ける。
病的なほど真っ白な肌に翡翠色の瞳、更には肩のあたりまで伸びた金色の髪。そして極め付けに、その少し長い耳の先端の方は尖っていた。
......!? エ、エルフ!?
「え、英雄様!わ、私を助けて!」
俺を見つめるエルフの少女は、はっきりとそう言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「取り敢えず、一つ質問していいか?それは君の子供か?」
「違いますよ!」
ところ変わって、ここは学園長室。
現在、学園長室内には俺、エルフの少女、アーレット、イヴェルの4人がいる。
エルフの少女を保護した俺は学園長に相談するため、少女を連れてここへやってきた。
エルフ。人類にも魔族にも属さない存在で、一般に彼らはグレース王国から遠く離れたエルフの里と呼ばれる場所で生活をしているとされている。そんなエルフが王都のど真ん中で発見されるなど明らかにおかしい。
「それにしても懐きすぎじゃないか?イヴェルはどう思う?」
「は、はい。そうですね。学園長の言う通り、先程会ったにしては少し懐きすぎかと...」
アーレットとイヴェルの2人は、俺の腰にべったりと張り付くその少女を見て眉を顰める。どうしてここまで懐かれているのかは俺にも分からない。
「にしてもエルフか...アルト君、その子に顔をあげるよう伝えてくれないか」
「分かりました」
アーレットの指示に従い、腰に張り付く少女の肩を叩いて話しかける。
「顔を見せてあげてくれないか?」
「.........うん」
俺の頼みに小さく頷いた少女は頭から麻の被り物を外し、その顔をアーレット達へ向けた。
少女の顔を見たアーレットは少し驚いたような顔をした後、まじまじとその顔を見つめる。
「......ッ!!」
アーレットに見つめられた少女は緊張したのか、正面から顔を背け俺の服にその顔を埋めてしまった。
「おお...すまない、もう十分だ。それで、エルフが王都にいるというのは明らかにおかしい。この意味はどちらも分かるな?」
アーレットの言葉に、俺とイヴェルは頷く。
「この子の存在はここにいる者以外、誰にも言うな。エルフはそうそう見ることのできるものではない。中には捕まえて、見せ物にしようとする者もいるだろう」
そう言うアーレットの顔は真剣そのものだ。エルフはそれほど珍しい存在なのだ。人間のほとんどはエルフ見ることなくその一生を終える。そんなエルフがタチの悪い奴らに捕まったりでもしたら...
「なぜここにエルフがいるのか、なぜここまで君に懐いているのかなど色々聞きたいこともあるが、とりあえずその子をエルフの里へ送り届けるのが先決だ。その役目をアルト君、君に任せたい」
「え?勿論、送り届けようとは思っていましたが、他に誰かついてきたりはしないんですか?」
「私もついて行きたいのは山々だが、仕事の方が忙しくてね。それはイヴェルも同様だろう。また先程も言った通り、この件は極秘事項だ。知っている人間を少しでも減らしておきたい。更に言えば、一般にエルフは他種族との交流を極端に嫌うとされている。同伴する人数が多ければ、それだけ警戒されるだろう。それに、その子の様子だと君が行くしかない」
アーレットは、相変わらず俺の服に顔を埋めて腰にべったりと張り付いたままのエルフの少女を見て言う。
「そこまで頼られては行くしかないな。生徒会の方は私がなんとかしておくから、その子をちゃんと送り届けるんだぞ」
「イヴェルさん...ありがとうございます。どうしてここまで懐かれているのかわかりませんが、責任を持って送り届けます」
アーレットとイヴェルの2人からそう言われては了承するしかない。
俺は腰に張り付くエルフの少女の頭を撫でて答える。
「♪♪♪」
するとその少女は気持ちよさそうに、その頭を俺の手に擦り付けてきた。こんな子供のエルフがなぜ王都に……絶対に送り届けないとな。
「では、私がエルフの里近くの街まで君たちを送ろう。人の多い王都にその子を長い間置いておきたくないからな。必要なものは転送先の街で買うといい。まあ、行きはこれでいいんだが、帰りは......アルト君、頑張ってくれ」
「え!?、ちょっ、まっ、」
「瞬間移動!」
最後に聞き捨てならないことを言ったアーレットを問い詰めようとするも、時すでに遅し。
次の瞬間、彼女の放った魔法によって俺とエルフの少女は眩い光に包まれた。
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