第86話 少女の事情

ギルドを出て適当にポーションや食料などを買い揃えた後、俺たちは宿へ向かった。


ギルドがあの汚さだったため宿の方もまともなものが無いのではないかとも思ったが、こちらはアルクターレと同じくらい綺麗で価格も良心的だった。


「お部屋は一部屋でよろしいですか?」


宿の説明を受けている最中、受付の中年くらいのおばさんがそう尋ねてきた。まあ、一応確認をとっておくか。


「おーい、俺と一緒の部屋と違う部屋、どっちがいい?」


相変わらず背中に張り付いたまま、少し眠たそうにしている少女に声をかける。


「.........いっしょ」


エルフの少女はその頭をフラフラとさせながらもそう言った。


「じゃあ、一部屋で大丈夫です」


「承知しました」


受付の女性から鍵を受け取り、俺たちは部屋へと向かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「さて、少し話をしようか」


「......うん」


部屋にあった椅子にエルフの少女を座らせ、俺もその対面に座る。


少女は非常に眠そうにしており寝かしてやりたいのも山々だが、明日にはエルフの里を探しに亜人の森へ入るのだ。何も聞かないわけにはいかないだろう。


「まず、君の名前は?」


「.........................オリア」


「そうか、オリアか。オリア、次の質問だ。何で君は——」


エルフの少女——オリアは眠たそうにしながらも、質問にはちゃんと答えてくれた。



オリアの話をまとめると、彼女は数日前までは普通に他のエルフと共にエルフの里で生活をしていたらしい。しかしある日、エルフの里に魔力の渦が出現したという。


魔力の渦とは、この世界の魔力の流れに異常が生じることで発生する現象だ。魔力の流れに異常.......魔王の復活が関係しているのだろう。


運悪くその魔力の渦に飲み込まれてしまった彼女は、気がつくと王都の路地裏へと転移していた。その後ひょんなことから犯罪組織に見つかり、そいつらから逃げているときに俺を見つけたらしい。王都に大勢の人間の中から俺を選んで助けを求めた理由は、エルフの里に伝わる英雄譚が原因のようだ。


曰くエルフの里には、里を救う英雄は光の魔法を操り類稀なる容姿を持つ者だという伝承があるらしい。


実際、俺は光魔法を使えるし、髪色と眼の色が黒色と類稀なる容姿でもある。まあ、その英雄の条件に合うっちゃ合う。因みにエルフは魔力や魔法の扱いに長けているため、見るだけでその人がどの属性の魔法を使うことが出来るのかを判断できるらしい。エルフって凄いね。



さて、ここまでで皆さんお気づきだろうか。

この話、流石に都合が良すぎる。というか無理矢理すぎる。


そう、俺も話を聞いている途中で思い出したのだが、このオリアの一連の語は俺が小説で書いた内容と一致しているのだ。


元々はセインとエルフとの間にパイプを作りたいなーと思って書き始めたのだが、なにぶんエルフは里で静かに暮らしてるっていう設定にしてしまったものなのでどうやって接点を作るか悩んでいたのだ。そこで捻り出したのが今回のお話だ。うん、改めて内容が酷いな。


つまり、本来ではあれば生徒会に入っていたセインがオリアと出会う話のはずだったのが、セインの代わりに俺が生徒会に入ってしまったことで、俺が彼女と出会うことになったということか。


彼女の話を聞いている間に、ここまでは思い出せた。しかし、俺にはまだ1つだけ分からないことがある。それは、


「ありがとう、オリア。眠い中ごめんな。寝てもいいぞ。」


「うん...」


俺が寝るよう促すと、オリアは目を擦りながらもぞもぞとベッドの方へ向かっていく——のではなく、椅子に座っている俺の足をよじ登って胸の辺りに抱きついて眠り始めた。


......オリアってこんなキャラだっただろうか。


確か小説内でセインと行動しているときは、物語の最後の方でもここまでは懐いていなかったはずだ。最初の方に至っては、セインのことをむしろ警戒していたはずなのだが...


「はぁ、分からんな...」


俺の胸の中で眠るエルフの少女には、警戒心のかけらも見られない。一応、彼女にもなぜここまで信頼してくれているのかを聞いてみたのだが、


「...安心するから」


としか答えてくれなかった。


「......まあいいか」


俺はオリアの寝顔を見ながら呟く。


前世の分も加算すれば、俺はもう30後半のおっさんだ。仮に死なずに子供ができていたらこんな感じだったのだろうか。


そんなことを思いながら、俺もオリアと同じように眠りに落ちていったのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ん.......ふぁぁ...」


窓から差し込む陽の光によって、俺は目が覚めた。そして腹の辺りには、温かいものが未だ寝息を立てている。


「おーい、オリア。朝だぞー。起きろー」


「......うー」


エルフの少女、オリアは眼を擦りながらゆっくりと起き上がる。ずっとこの体制で寝てたのか。


「おはよう。オリア」


「.........おはよ」


オリアはまだ眠そうにしながらも、しっかりと挨拶を返す。偉いぞー。


「あー、宿を出るまでまだ時間があるから、風呂にでも行ってきたらどうだ?」


時間を確認した俺は彼女に提案する。


昨日は話し合いの後、すぐに寝てしまったため風呂には入っていない。エルフは綺麗好きっていうありがちな設定も加えていたはずだし、間違った選択では無いだろう。


その予想通り、オリアはコクリと小さく頷いて風呂場へと向かっていった——俺の手を引いて。


「オリアさん?」


「.........いっしょ」


「無理!」



そんなやりとりこそあったものの朝の支度は滞りなく進行し、陽が完全に昇りきる前に俺とオリアの2人は亜人の森へと辿り着いた。

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