第79話 急襲

母さんのお説教から解放された後、俺たちはアーネを含めた4人で午後の文化祭を回った。


途中でセインの出し物に顔を出したり、他学年の出し物を見たりしていると時間はあっという間に過ぎ去り、気がつくと辺りはもう暗くなってきていた。


「そろそろ帰りましょうか」


昼食と同じように学園の屋台で適当に夕食を済ませた後、母さんがそう言った。

確かにもういい時間だ。そろそろ企画団体も撤収する頃だろう。


「そうだね。じゃあアーネは俺が送ってくよ。母さん達はここからの道は大丈夫?」


「ええ。問題ないわ」


女の子のアーネを1人で帰らせるなど母さんが許すはずないため、彼らと別れることを提案すると、母さんは頷きそれを了承した。


「そっか。じゃあ、行こうかアーネ。またね、母さん、父さん」


「は、はい。よ、よろしくお願いします。あの、今日はありがとうございました」


「ええ。こちらこそありがとうね、アーネちゃん。これからもアルトをよろしくね。あ、アルト。ちょっとこっちに来てくれる?」


「ん?」


学園の出口まで移動し、さあ別れようというタイミングで母さんは手招きして俺を呼んだ。


「アルト。少し聞きたいんだけど、貴方......お友達いないの?」


「ぶッ!!」


耳元で囁くように言われた言葉に思わず吹き出してしまう。


「な、な、なにををを。と、友達くらいいるよ。アーネだってそうだし、セインだって...」


「アーネちゃんもセイン君も学園に入る前からの友達でしょ?他には?」


「じゃ、じゃあイヴェルさんとかシエルさんとか...」


「あの子達は上級生でしょ?クラスメイトで友達は出来てないの?」


「え、ええっと...」


「はぁ...」


狼狽える俺に、母さんは額に手を当ててため息をつく。そんな呆れなくても...


「アルト、あのね。無理に友達を作れとは言わないけど、貴方は作る努力をしてないでしょう?」


「うっ...」


「一度でいいから友達を作る努力をしてみなさい。それで合わないと思ったなら、私から言うことは何もないわ」


「......分かったよ。母さん」


本当に母さんには敵わないな。


「分かったならいいわ。じゃあ、私たちは行くわね。アーネちゃんをしっかりと宿まで送り届けるのよ!」


母さんはその言葉を了承した俺に満足そうな顔をすると、最後にそう言って母さんと父さんは夜道に消えていった。次に会えるのはいつになるだろうな。


「俺たちも行こうか」


「は、はい」


母さん達を見送った後、俺とアーネも宿に向けて歩き出す。


「いいご両親ですね」


「ああ、本当にな」


アーネの言葉に俺は深く肯定する。

彼女は特に母さんと仲良くなっていたからな。気が合ったようで何よりだ。


「最後、お母様とは何を話していたんですか?」


「...それは秘密で」


アーネの質問に俺はそれの回答を遠慮する。

友達がいないことを母親に心配されたなど、恥ずかしくて言えるはずがない。


「......そうですか」


すると、それを聞いたアーネは少し悲しそうな顔をした。...やめてくれ。俺はそういう顔に弱いんだ。


「......あー、俺に友達が居ないことを心配されたんだよ。文化祭を回ってるとき、俺に話しかけてくる奴とか居なかっただろ?」


「へ?ああ、確かに言われてみれば... 全く気がつきませんでした。お母様はそれに気がついたんですね」


「そうみたいだな。あれだけはしゃいでたのに、よく気がつくものだ」


「...それだけ、アルトさんのことを良く見ていたんですよ」


「...そうだな。本当に敵わない」


先程も思ったが、本当に母さんには敵わない。まあ、有難いと思うべきところなんだろうが。


「わ、私も、アルトさんの変化に気がつけるようになります!」


「お、おう?」


するとアーネは突然、両手を握りしめてそんな宣言をした。


ど、どうしたんだ?年頃の女の子が考えることはよく分からん…が、変化に気がつけるようになる、か。


「じゃあ、アーネと俺で一つ勝負をしないか?」


「勝負、ですか?」


「ああ、アーネが学園に入学してから1年間。俺のある秘密を暴くことができたらアーネの勝ちだ。逆に見破られなければ俺の勝ちだ」


「ある秘密、ですか」


「ああ、学園に入ってからじゃないと分からないから、今は特に気にしなくていいぞ」


変化に気がつきたいと言うアーネに、俺は一つの勝負を提案した。


ある秘密とは勿論、俺が猫に変身できるということだ。今まで母さんとアーレットにはバレているが、三毛猫に姿を変えてからは誰にもバレていない。


「この勝負、受けるか?」


「...分かりました。その勝負を受けます。でもそれだけでは面白くないですし、負けた方には罰ゲームを用意しませんか?」


「罰ゲーム?」


「はい。負けた方は勝った方の言うことをなんでも聞く、なんてどうです?」


アーネは悪戯っ子のような笑みを浮かべてそう言う。ほう、なんだかラブコメとかにありがちな展開だな。


「...いいだろう。俺の秘密を暴けたら、アーネの言うことをなんでも聞いてやろう」


「言いましたね!約束ですよ!絶対忘れちゃダメですからね!」


「ああ、そっちこそ忘れるなよ」


俺とアーネはお互いに笑い合う。勝負する以上、俺も全力で勝ちに行く。ラブコメの展開?そんなもの知ったことか。全力で叩き折ってやる。


「そういえばアルトさん!あの2人はなんだったんですか!」


「あの2人?」


「お昼にあった女性の方々です!」


「ああ、イヴェルさんとシエルさんのことか。あれは——」


アーネとそんな勝負の約束をし、そのまま雑談を続けようとしたところで、


「ご機嫌麗しゅう、お二人さん。いい夜ですね」


ふと声をかけられた。


「「!?」」


「ああ、そんなに警戒しないでください。私、怪しいものではありませんので。」


前を見てみると、そこには黒いローブを羽織った2人の人が立っていた。

その顔はフードによってよく見えない。が、そのうちの1人は声から察するに男のようだ。


なにが怪しいものではない、だ。その格好から言動に至るまで怪しさしか見出せないではないか。


「…何のようだ。」


一切の警戒を解かず、俺はフードを被った男へ問う。


周りをよく見てみれば、街中であるにも関わらず俺たち以外の人の姿が見えない。ある程度遅い時間だとはいえ、ここは王都だ。

人が1人もいないなんておかしい。


「う〜ん、そうですね。それを述べるにはまだキャストが出揃ってないですね。」


「…?、何を——」


「アルト!」


「アルト君!」


男の目的を尋ねようとした時、不意に背後からそんな声がした。


「イヴェルさんにシエルさん!どうしてここに?」


男に注意しつつ声のした方向を振り向くと、そこにはこちらへ走るイヴェルとシエルの姿があった。


「私たちはここまで警備するようミルト先生とアインス先生に言われてな。それに従ってみたら、アルト達を発見したんだ」


「ミルト先生達が…?」


そのイヴェルの言葉に俺はある違和感を覚える。


ミルト先生とアインス先生の指示?

彼らは別に生徒会の担当教員ではないはずだが…何故、彼らがこのタイミングで丁度良くそのようなアドバイスを与えたのだろうか。俺の脳裏には穏和そうな魔法と剣術の教師の姿が浮かぶ。


「——ああ、全員揃ったようですね」


イヴェル達2人が合流して間もなく、目の前の男がその口を開いた。

状況の知らないイヴェル達もその異様さを感じ取ったのか、その男を油断ない目で見つめる。


「では、先ほどの質問に答えましょうか。——私の目的は、アルト=ヨルターン。貴方を殺すことです」


「な、」


恐ろしくあっさりとその目的——俺への殺害予告を告げた男は、言い終わると同時に強い殺意を俺へと向けた。あまりに突然のことに、俺は言葉を返すことができない。


「そんなこと、させると思っているのか?」


「誰だか知らないけど、冗談にしても笑えないね」


「ふざけるのはその格好だけで十分ですよ?」


そんな俺の代わりに、イヴェルは腰の剣を引き抜き、シエルは緩い声音とは裏腹に男たちを鋭く睨みつけ、アーネはその両手を男の方へと突き出した。


「ふざけてなどいませんよ。邪魔をするのであれば、貴方たちも殺してしまいますよ?」


その様子を見た男は不敵に笑い、その隣に立つもう1人の方を一目見る。するとそのもう1人は男を守るように一歩前へと出た。


わざわざ確認せずとも、お互いに臨戦態勢だ。まさに一触即発。


「お、いたいた」


「やっと追いつきました」


そんな均衡を破ったのは、お互いの誰でもなく俺たちの更に後ろから聞こえた声だった。


「アインス先生!」「ミルト先生!」


そちらを確認するや否や、イヴェルとシエルがそれぞれ明るい声をあげる。


そこには、グレース剣魔学園の剣術及び魔術の教師であるアインスとミルトがいた。

しかし、その彼らの姿は学園で見るものとは少し異なっている。


アインスはその腰に身に覚えのない傷だらけの木刀を携えていて、ミルトはその目元に黒縁の眼鏡をかけている。


「先生。あの男たちはアルトの命を狙っているようです。生徒を守るため、私たちに協力してください」


イヴェルは後方の2人へ協力を要請する。

確かに彼らがこの戦闘に加わってくれれば、それだけで戦況は6vs2。しかも彼らは学園でそれぞれ演習の授業を担当するバリバリの猛者であるため、こちらが大きく有利になるだろう。———だが、それは彼らが味方であると仮定したときの話。


「おう、早速だがラーシルド。これを頼む」


「ハースエルさん。私もこれをお願いします」


「え、先生?」「へ?先生、これって。」


イヴェルとシエルの元へと寄ったアインス及びミルトは、それぞれに1本の剣と1つのローブを預けた。

それら両方にはそれぞれ学園の紋章が刻印されており、それを手放した彼らには他に紋章の付いている物品は身につけられていない。


そして彼らはそれらを2人に預けたかと思うと、その横を通り過ぎて黒いローブの男の横につく。


「さ、これで正々堂々、4vs4だ。本気で来いよ、お前ら」


「剣聖と聖女、そして天才に秀才ですか。本気の貴方達と戦えることが楽しみです」

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