第80話 秀才

「アインス先生、どうして…」


「ミルト先生に何をしたの!」


こちらへの敵対を宣言したアインスとミルトに対し、イヴェルとシエルはそれぞれの反応を示す。


「すまんな、ラーシルド。俺たちはこの方に忠義を捧げている。この方がお前達が邪魔だと言うのであれば、それを排除するのが俺たちの役目だ」


「ハースエルさん、そもそも前後関係が逆です。私達が学園の教師となるそのずっと前から、私達を育ててくれたのはこの方なんです。育ててくれた方の恩に報いたいと思うのは当然のことではないでしょうか」


そんな呼びかけも虚しく、アインスとミルトの2人は改めて敵対を宣言する。

確かに彼らに洗脳等の魔法がかけられている様子はなく、怪しげな男とも楽しげに会話している様子からも彼らが敵であることを認めざるを得ないだろう。


「やるしか、ないのか」


「——-うん、そうだね」


黒いフードを被った男と仲睦まじそうに喋る彼らを見て、イヴェルが覚悟を決めた様に呟きシエルもそれに応える。


「2人とも、こちらは私達に任せてくれ」


「うん、絶対に勝つから」


そんな台詞と共に2人は一歩前へと踏み出した。


その姿に俺は改めて2人の強さを実感する。アインスとミルトは元々剣術と魔術の教師だ。イヴェルとシエルも授業を通じて彼らの強さを知っていることだろうし、教師であるアインスとミルトのことを少なからず尊敬していたはずだ。

その尊敬の対象が敵となり、2人はショックを受けたことだろう。しかしそこからすぐに頭を切り替え、戦おうとしている。


単なる剣術や魔術ではない、精神の強さが如実に現れている。


「お、戦う気になったか。悪いが手加減はできないぞ?」


「おや、タッグ戦ですか。これはこれで面白そうですね。では、こちらは私達に任せてください」


2人の意図を理解してか、アインスとミルトもイヴェルらと同じように一歩前へと踏み出す。


その口を真一文字に結び真剣な表情のイヴェルとシエルに対し、好戦的な笑みを浮かべるアインスとミルト。困惑、憤り、期待、敬愛————様々な想いを含んだ4つの視線が交錯する。


個人的な見解では両者の実力は互角…若干イヴェル達の方が優勢かと思う。


しかしこれはタッグ戦であるため、2人のチームワークも勝敗を決める大きな要因となるだろう。幼い頃から仲の良いイヴェルとシエルであればその点も問題ないと思うが——アインスとミルトの2人はそれが全く読めない。


「さ、行くぞ!」


そんなことを考えていると、アインスがその大きな掛け声と共に地面を蹴った。


「ッ!!」


標的となったイヴェルはその剣を真っ向から受け止めるが、その表情はどこか余裕がない。

それもそのはずで剣聖とはいえイヴェルはまだ10代の女の子、成人男性であるアインスとは純粋な筋力に大きな差があることは明白だ。その純粋な力の差にイヴェルはただ耐え続けることしかできない。


アインスの動きは決して早くはないが、避けようにもまた他のリスクが生じるのだろう。


「イヴェルちゃん!」


その状況を見て、イヴェルの後ろに待機していたシエルはアインスへ向けて光魔法を放とうとする。


「邪魔はさせませんよ?」


「っ!!」


しかしその光魔法は横から飛び出してきた風の球体によって強制的に進路を変えられてしまう。その風魔法を放った張本人であるミルトは不敵な笑みを浮かべている。


「あと、置き土産です」


「!?」


そのミルトが何かを呟いた直後、アインスの剣を受け続けていたイヴェルの体勢が崩れる。その足元を見ると、そこには風の球体が置かれていた。


ミルトはシエルの妨害の他、もう1つの風魔法を仕込んでいたのか。


「貰った」


ミルトの魔法によってイヴェルが体勢を崩すことを読んでいたのだろう、素早くその背後に回り込んだアインスは死角から剣を振り下ろす。


まさに絶体絶命。

通常時でも耐えるのがギリギリであったのに、姿勢を崩した状態で死角から迫るアインスの剣を受けることが出来るはずがない。


にも関わらず当のイヴェルの表情に焦りは一切なく、むしろ落ち着いているようだった。



まるで、初めから自分達がアインス達に勝てないことを分かっていたかのように。だからこそ、1つの隙を逃さないように。その機会を確実に突けるように。

俺のときもそうだった。あのときは狙っていたわけではないだろうが。




勝利を確信した瞬間、人は最も隙を見せる




「—————心眼——ッ!?」


振り下ろされた剣の当たる直前、心眼を発動させたイヴェルが、油断していたアインスの虚を突きその顎を打つ————なんてことが起こることはなく、振り下ろされた剣は順当にイヴェルの体へと到達した。


「がッ!!」


「イヴェルちゃん!!?」


直撃を受けたイヴェルの体は衝撃そのままに数メートル先の壁へと打ちつけられ、それを見たシエルは悲鳴をあげる。



その光景を見た俺は、すぐに言葉を発することが出来なかった。


イヴェルは心眼を発動させようとしたはずだ。いや、心眼は確実に発動した。

しかしイヴェルは動くことができなかった。それの原因は明白だ。イヴェルが心眼を発動させる直前、彼女の体を覆った大量の魔力が原因だろう。


その魔力の流れてきた先———剣を腰の鞘へ戻すアインスの更に後方には、その目を爛々と輝かせるミルトの姿がある。その瞳は左右で明らかに色が異なっている。


「あの目、まさか——」


「じゃあ、こっちも始めようか」


イヴェルが動けなかった原因——ミルトが魔眼を使える可能性に辿り着いたところで、正面からそんな声が聞こえた。


「因みに、ミルトの魔眼は対象を石化させる効果を持つものだ。心眼を発動したとしても、動けなければその意味はないだろう?」


そんな解説と共に、フードを深く被り一振りの剣を携えた男が素早く迫ってくる。


その動きはお世辞にも早いとは言えない。普段の俺であれば躱す、あるいは剣で受け止めることも可能であっただろう。しかし、迫り来る男の言葉を聞いた俺はそれらの判断を下すことができなかった。


———何故こいつはイヴェルが心眼を使えることを知っている?それに、俺はこいつと何処かで会ったことが……?


「———アルトさんっ!!」


「おや、お転婆なお嬢さんだ」


剣を携えた男を前に全く動こうとしない俺を見て、焦った様子のアーネが魔法を放つ。


彼女の掌からは水でできた巨大な鮫が飛び出し、それは男を目掛けて一直線に突き進む。しかし男はその自身へ迫る鮫を前にしても、余裕そうな態度を崩さない。


ゴワッ!!!!


次の瞬間、アーネから放たれた鮫は業火に包まれた。


「え…?」


「なん、だと!?」


水魔法は火魔法に強い。

これは魔法の常識だ。即興で放ったとはいえ、才能の塊であるアーネの魔法の威力は申し分ない。今更、炎如きでアーネの魔法が止まるはずがない。


そんな予想に反し、業火に包まれたアーネの鮫は瞬時に白い気体へとその姿を変えた。

その鮫のあっけない最期に俺たちは言葉を失う。


「いやー、流石だね。どう?君1人でも十分だと思うけど、せっかくだし僕も手伝おうか?」


アーネの魔法が自分へと届かないことを分かっていたのか、わざと足を止めていた男はその後方にいるもう1人へと声をかける。


「…冗談はその頭だけにして。…死にたいの?」


その次に聞こえたのは澄んだ女性の声だった。彼らの言動から察するに、アーネの魔法を消したのは彼女なのだろう。


最初に見たときから感じてはいたが、男の後方に立つ女性のオーラからは剣術、魔法共にかなりレベルの高いことが窺える。下手したらアーレットと同程度に強いかもしれない。彼女は一体何者なんだ?何故そんな強力な存在が俺の命を狙っている?


そんなことを考えている間にもその女は素早い動きでこちらへと剣を振りかざし、強力な魔法を放ってくる。


「———やっぱり、貴方達じゃ駄目」


アーネと協力しそれらの攻撃をなんとか防ぐと、女はフードを被ったまま一言だけそう呟いた。次の瞬間、正面に立っていたはずの女姿が消える。


「———ッ!?、かぁッ…」


その次の瞬間には後方からアーネの呻き声が流れてきた。後ろを振り向くとそこにはいつの間に移動したのかフードを被った女の姿と膝から崩れ落ちるアーネの姿があった。


「!?、アーネ!」


「…邪魔」


アーネの元へ駆け寄ろうとしたその瞬間、顎への強い衝撃と共に俺の意識は真っ黒に染まった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



次に意識が戻ったとき、そこは先ほどまでと同じ王都の街中だった。


「………!!」


そしてその通路の中心には3名の少女達が横たわっている。


その姿を確認してすぐ彼女らの元へ駆け寄ろうとするが、体が思うように動かない。確認してみると、両手と両足が縄によって縛られていた。また口には猿轡が付けられており、まともに喋ることもままならない。


「お、起きたか。調子はどうだ?」


「おはようございます。安心してください、彼女達は無事ですよ。今のところは、ですが」


俺のことを監視していたのか、その後まもなく左右から声が聞こえてくる。確認するまでもなく、アインスとミルトのものだ。


「ああ、やっと起きたか」


「!!」


「さあ、この光景を見ろよ。壮観だろう?なあ、秀才」


その直後、背後からの怠そうな声と共に首元を引っ張られ、俺の視界は強制的に上へあがる。俺へと目の前の光景見せつけるように、首元の力はどんどん強くなっていく。

間違いない。後ろにいるのは今回の主犯格の男だ。



そして彼らの言動から、俺はある1つの結論に至った。


そもそも彼らの目的は俺の殺害、つまりイヴェルやアーネには手出しをする必要がないということ。それならば、俺だけが犠牲になれば彼女達は死なない。そして彼らは狙って俺だけが目覚めるのを待っていた。つまり、それの交渉の余地がある———


「——とか、思ってるなら考えが甘すぎるな?」


そんな考えが浮かんだ直後、多少の怒気を含んだ声が背後から届いた。


「そういう自己満足にしかならない自己犠牲は非常に不愉快だ。自分が犠牲になれば皆が助かる?考えが甘すぎる。お前だけを起こしたのはオレの一興に過ぎない」


よく聞かせるようその口元を俺の耳に近づけ、男は更に言葉を続ける。その顔を確認することはできないが、その男がかなり苛立っていることは分かった。


「お前がいたことでここに何が残った?お前は誰一人として守れていない。いや、むしろお前のせいで、彼女達はこれから命を落とすことになる。お前が弱かったばっかりに、お前が自分勝手に彼女達を巻き込んだばっかりにな。悔しいだろう、そうだろう。全く歯が立たなかったな?何も成し得なかったな?お前の人生に何の価値があったんだろうな?ざまあない」


言いたいことを言い終えて満足したのか、男は俺の首元からその手を離した。

位置エネルギーを持っていた頭は重量に従って落ちていき、運動エネルギーと共に地面へと着陸する。その後、まもなく再度意識が黒く染まっていく。今の俺がそれに抗う術はない。


「———敗北を刻め。その心に。強く、深く。お前は弱い。お前は所詮、秀才だ。あくまでも凡人の延長でしかなく、剣聖や天才のようになることはできない、ましてや勇者になどなれるはずもない。己の身の丈を弁え、己が何をするべきかを考えろ。——そうすれば、少しは道が拓けたのかもな」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



目を覚ますと、そこには天井があった。

簡素な波の模様が入った白い天井、この半年間でもうすっかり見慣れた天井だ。


「朝…か。」


窓から差し込む光を頼りに時計を確認すると、時刻は午前7時前。


文化祭の翌日ではあるが、今日は登校日だ。

午前中は文化祭の片付けがあり、午後からはいつも通り授業がある。


「アルト、おはよう。昨日の文化祭は楽しかったね!」


「あ、ああ。そうだな」


いつもの様に部屋へセインが迎えに来て、俺たちは2人で校舎へと向かう。

その道中、セインが昨日の文化祭について話を出すが、頭にはどこか違和感がよぎった。文化祭があったことは覚えているのだが、何かを忘れているような…


「おはよう、アルト」


「アルトくん、おはよ〜」


違和感の正体が分からないまま校舎の付近までくると、生徒会の見回りをしていたらしきイヴェル達と遭遇した。


ここまでは偶に遭遇する全くもっていつも通りの光景。普段であれば2人に挨拶を返すのだが、俺は彼女達のある小さな変化に目を奪われていた。


「イヴェルさん達、そのピアスは…」


イヴェルとシエルの2人は、その耳にそれぞれ赤色と黄色の石が埋め込まれた小さなピアスをつけていた。

少なくとも昨日まではつけていなかったはずだ。彼女達も年頃の女の子であるので特段変なことである訳ではないのだが、何故か俺はそのピアスからは目が離せなかった。


「うん?これは昨日……なんだったか。文化祭で購入したものだったか?」


「う〜ん、私もあまり覚えてないんだよね〜」


その指摘に2人は揃って首を傾げる。

どうやら2人ともそのピアスの出どころについてはあまり覚えていないらしい。そんなことあり得るのだろうか。


「まあ、見た感じただのピアスだと思うから大丈夫だよ〜」


俺はそれらのピアスは危険であると思ったが、最終的にはシエルのその一言で話は終わった。



違和感が残ったままイヴェル達に別れを告げ、自分達の教室へと向かう。

その後は特に何も起こることはなく、予定通り俺は文化祭の片付けへと駆り出された。



そして午後の授業である剣術演習及び魔法演習だが、その担当がアインスとミルトから別の教師に変わっていたこと以外、特に大きな変化は何も無かった。

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